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《MUMEI》 四本目 薬指翌日、寺の本堂 何時ぞやと同じように、李桂は小難しい書物をソコへとぶちまけそれらを読む事をしていた その最中、部屋の上座に鎮座する仏像の後ろから、微かな物音がなる 読む事を一時的に止め、そちらへと目を向けてやれば ソコには（指斬り様）が、何故か立っていた 「何の用だ？」 最早反応を返してやるのも億劫になり、だが一応は問うて返せば ゆるりとした動きで指斬り様は近く寄って李桂の前へ 膝を折り、腰を降ろすと正面から李桂を眺める事を始める そして徐に、李桂の薬指を噛んで傷つけて 細く食い千切られた傷跡を見、指斬り様はその表情に明らかに怒の感情を含ませた 「……どうして、斬れないのかしら？私に斬れない指なんて、交わせないお約束なんてないのに」 突然に歪みだす周りの空気、歪むと同時に淀んでいって まるで柔らかな絹布で首を絞められているかの様に、息苦しさが徐々に現れていく 酸い味が喉の奥に広がり ソレを何とか飲み下していた 「……あなたは、いけない子。私とのお約束を破ってる」 「は？」 お約束を交わせないといいながら、指斬り様はそれを破ったと呟く 支離滅裂な物言いに、李桂は深々と溜息を一つ 薬指を伝う細い朱線を舐めとると 座ったままの状態から素早く脚を回して振っていた 当てる事は態とせず、相手との間合いを取る 「どうやら俺は本当に馬鹿らしいな。テメェが何を言ってんのかが全く理解出来ん」 その勢いを借り李桂は身を構え 狭いそこで相手と対峙する事数分 突然に相手が挙動不審になり始めた 頻りに周りを見回しながら 「……起きたの？泣かないで、お母さん、すぐに帰るから」 一人呟き、そしてその姿は消える 後に残ったのは、静けさと床に一滴落ちていた李桂の血痕のみ ソレを足袋で適当に拭って取ると、李桂は草履を突っ掛け外へ 目的は特に無い 唯何となく、外の空気に触れたかっただけで 冷えた空気に身を晒せば、途端に頭の中がすっきりした様な気がする 「……あいつ、焦ってたね」 物音一つ立てる事はせず李桂の背後へとゆうりが現れ 心なしか嬉しそうな声で、小さく聞こえてきた 「やっぱり、アンタだ。アンタなら、何とかしてくれる」 依然と同じ様な事を呟きながら、血の朱で濡れた薬指を掴む まるでその細い指一本に全てを委ねるかの様に 掴んだまま離そうとはしなかった 「……前々から聞こうと思っとったが、俺の指ってのはアイツらが集めてる指と何か違うのか？」 常々思っていた疑問をようやく問うてやれば ゆうりはゆるりと首を横へ振る 「違うのは、指じゃない。アンタの（意志）だ」 「意志？」 「そう。アンタは指切りを信じてない。だからアンタの指は斬れなかった。指斬り様にとって、最も怖いのは（不信）だから」 段々と重苦しい表情になるゆうりへ 李桂は髪を掻き乱しながら深々と溜息を一つ 首など突っ込まなければ良かったと後悔するが最早後の祭りで ゆうりの言葉も途中に李桂は踵を返し、歩く事を始めていた 目的地は指塚だ 「何、しに行くんだよ？」 後ろをついて歩くゆうりからの問い だが李桂は返してやる事はせず唯黙々と歩いて行き 到着した竹林。そこに建つ指塚の周りは不自然な程に静かだった 笹の葉のすれる音も、鳥の鳴き声も、その場には何一つ無い その静けさをまるでぶち壊す様に 李桂は突然に、指塚へと向け脚を蹴って回していた 石の砕ける音が響き、木端に散らばったその中から 石ではない何かが見て取れる 李桂は邪魔な石の欠片を除けてやり、そして顕になったソレは 一人の少女の遺体だった 「……何、で？母さんが指塚造った時、こんなの無かったハズ……」 驚くゆうりの傍らで 李桂はその少女の身体を抱き起こしてやり、そして気付く この少女にも、指が無いという事 そして、その顔がくるみに瓜二つだという事に 「こいつ、くるみにそっくりだ」 ゆうりの動揺も相当なモノで 驚くばかりのゆうりを余所に、李桂はその少女の斬られた薬指の付け根に、無数に残っている斬り傷の後を見つけ 痛々しい程抉られた肉、固まった血液は赤黒く変色してしまっている 前へ |次へ |
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