《MUMEI》

その手に、何気なく触れてみた
次の瞬間
突然、目の前が白濁に染まる
そしてその白濁は、李桂へと何かを映して見せ始める
見えてきたソレは過去
大量の人間が血塗れで横たわり、それらに取り囲まれるかの様に指斬り様の姿が見えた
『何故、奪ったの?私から、全てを……返して、返して……!』
蹲り嗚咽する彼女
悲観し、絶望に捕らわれた彼女が、常軌を逸してしまうのに、そう時間は掛らなかった
『ね、母さんと(お約束)をしましょ。一人で遠くへは行かないと。あなたはとてもいい子なんだから』
指切りを、と小指を絡めようとする
だがその子供には指が無く、指切りをすることは叶わない
喚く事を始めてしまった指斬り様のその声で、李桂は己へと戻ってきていた
「……見たの?全部」
ゆうりに服の裾を引かれ、李桂はうなずいて返す
見せられたモノが全てでは多分ない。それでも大筋である事には間違いないだろうと
いたたまれない気分になり、せめて弔う位はしてやろうと経を読む事を始める
胸元に札を貼ってやり、李桂が経を読む
その声に呼応するかの様に、札が発火し少女の身体は真紅の炎に包まれそして消えていった
溜息と共に一息ついた、その直後
「人は、愚かだったの」
突然の声と共に姿を現した指斬り様
愚かだった、と何度も呟きながら
李桂の正面へと立ち、対峙する事を始める
「自分達とは明らかに違うものを、ヒトは極端に嫌う。私達の一族は生まれながらに狐に憑かれていたの。その所為か私達には呪術を扱う力があった。それを人間たちは畏怖の対象として排除する事を始めてしまったの」
「その結果、テメェは自分の子供を失ったと。それでヒトを恨んで、こいつらの母親に付け込んだってワケか」
「指切りを、したかった。不確かな約束事だけど、それでも私は、あの子と……!」
泣き喚き始めた指斬り様の姿が段々と歪んで見え始め
そして徐々に狐の姿へと変わっていく
その様の何と異様な事か
普通の狐のソレではなく、その存在全てがひどく朧気だ
「邪魔を、しないで。私は漸く取り戻したのよ。もう二度と、壊させたりはしないわ」
行って終りに、指斬り様は牙を剥いて
李桂へと近く寄ってくる
薬指へと噛みついてくる狐を、だが李桂は避ける事を、出来ながらも敢えてせず
たが、薬指から大量に流れ出る
「アナタの指は嫌いよ。指切りを信じない、あなたの指が」
「そりゃ悪かったな。職業上、割と現実主義なんで」
「だから、要らないのに。どうして、どうして斬れないのよ!」
ひどく癇癪を起し始め
その姿が益々不確かに歪んでいく
喚くばかりの彼女が、憐れに思えて仕方がなかった
「要らない、要らないのよ。……消えて、消えなさい!」
怒の感情顕わに李桂へと喰って掛かり
だが李桂は冷静で
経を読む事を始めていた
指斬り様の動きが、その声でピタリと止まる
「……嫌、やめて!それは嫌、聞きたくない!」
李桂が経を読めば読む程に
指斬り様の存在其の物があやふやになっていった
朧気になっていく指斬り様の額へと李桂は指を触れさせ
未だ流れる血で、呪印を描く
「もう、止めとけ」
一言言ってやり、そして呪印が発火する事を始める
指斬り様の全身を包んでいくのは、赤い火ではなく、青白いソレで
その色は、死者を弔う、送り火の色だった
「私は、消えてしまう。返して、欲しかった、あの子を。唯、それだけだったのに……」
徐々に身が灰へと化していく中で、今だに執着を見せ
李桂の指を斬ろうと試みる
だがそれは叶わず、その全身は全て、灰へと化していった
訪れた終焉は、あまりにも静かすぎて
終わったのだという実感が、すぐには湧いてこなかった
「終わった、のか?くるみは?くるみはどこに居るんだ?」
暫く呆然としていたゆうりが、俄かにくるみを探す事を始め
李桂は、土の上に積もった指斬り様の灰を、徐に払って退ける
そこに埋もれるかの様に、くるみは居た
「くるみ!」
抱いて起こせば、身じろいで
ゆるりとその眼が、開かれていく
「……お兄ちゃん。くるみね、一生懸命お約束守ろうとしたの。お約束を破るのは、いけないことだから、だから……」
「もう、いいよ。くるみ、もういい。母さんの所に戻ろう。全部、終わったから。アイツが、終わらせてくれたから」

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