《MUMEI》
五本目 小指
 「兄貴、お早よ」
翌日は、寒さに眼を覚ましていた
やはり雑魚寝は身体に堪える、と顔を顰める李桂に
先に起きていたらしい華月からの挨拶で
湯呑に入った茶を渡してくる
「……何か、色々頑張ったみたいじゃない。馬鹿兄貴にしては」
寝起きで呆然とす李桂へ
華月は構わず言の葉を続けながら、李桂の前へと膝を折った
そして不意に小指を取って
何年か振りに華月との指きりだ
「でもさ、あんまり、無理しないでよ。もう若くないんだから」
「人を年寄りみたく言うんじゃねぇよ」
「それに、兄貴が居なくなったら、やっぱり寂しいし。父さんも母さんも悲しんじゃうじゃない」
だから、もう無理な事はしてくれるなとの言葉に
滅多にそんな事は口にしない華月故に、李桂は驚きながら彼女の方を見やる
そこにあったのは、崩れすぎた泣き顔
まるで子供の様に泣くばかりの華月の頭を、李桂は何を言う事もなく唯撫でてやるだけで
だがそれは、この男が見せる、言葉よりも分かりやすい優しさだった
「ガキみてぇに泣くんじゃねぇよ。いい年した女が」
「……ごめん。雪月さんから色々聞いて、色々考えたら不安になっちゃって。ごめん……」
「わかったから。もう泣くんじゃねぇって。それより、朝飯作れよ。腹減った」
「材料何も買ってないわよ!何よ、人が散々心配したってのに……!」
怒ってしまったらしい華月が勢い良く立ち上がり、身支度を整え始める
何処かへ出かけるらしい華月へ、何所へ行くのかを問えば
着物の襟首を、掴まれた
「朝ごはんの買い物に行くの。怒ったらお腹すいちゃった」
「別に俺が行く必要ねぇだろ!手ぇ離せ、苦し……!」
「いいから、口応えしない!」
問答無用で引きずられ、結局は李桂も買い物へと出かける破目に
早朝だというのに、商店の立ち並ぶその界隈にはヒトの往来が多くあった
見える平穏な日常
他愛のない会話が、これ程までに耳に心地良いものだという事を
李桂は初めて理解した
「兄貴!歩くの遅いぞ、早く歩く!」
いつの間にか先を歩いていた華月に急かされ
溜息を付きながらも仕方無く歩みを速める
歩いて進む、その途中
「ねぇ、お母さん。今日は、早くお仕事から帰って来れる?」
子供の声が耳についた
そちらへとどうしてか向き直った李桂
その先には
くるみとゆうり、そして母親の仲睦まじい姿があった
「今日は俺とくるみがごはん作るから。母さん、早く帰ってこいよ」
約束だ、と三人で交わす指きりは
最早穏やかなモノでしかない
親と子が交わす、不確かながらもはっきりと交わされる約束
見ていて、微笑ましいものだった
ヒトとしての平穏をちゃんと手にすることが出来たのだ、と李桂は安堵し
また歩く事を始めていた
「兄貴、遅いってば」
漸く追いついた李桂へ華月からの文句
一言謝罪を言って伝える李桂。その手を、華月が徐に取っていた
「何だよ?」
華月のとる珍しい行動に李桂は不思議気な顔
どうしたのかを改めて問うてやれば
「何となく、指切りがしたくなっただけ」
深い意味はないのだと、照れたように華月は笑う
その笑い顔で李桂は幼少のころを、不意に思い出していた
幼い頃から、華月は何か不安な事があると指切りをしたがった
誰かと指切りをする事で心の安定を図っているのだろう事に李桂は今更に気付き
今度は李桂から、指切りを交わしてやった
「「……やっぱり今日は俺がメシ作ってやる。約束だ」
些細すぎる事を指切りで交わし
だが、些細すぎる程度のものでいいのだ
指と指で交わす約束事など、所詮はその程度のモノでしかないのだから
それでも、その些細な事に振り回されるのが人の性というものなのだろうと
李桂は再度、華月と指切りを交わしながら、苦笑を浮かべたのだった……  終

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