《MUMEI》 違和感のある平穏街の中は、やたら賑やかだった 車のクラクション、無数に存在する人の声 それらがあまり得意ではない深沢 望は、早くこの場を立ち去りたいと、足早に歩く事を始めていた 真っ当に生を営むこの街の中に在って 自らの存在が、惨めに思えて仕方がない 死ぬ事はおろか、年老いる事すら出来ない身体を引き摺って生き続ける事は 深沢にとって何の意味も持たなかった 唯、与えられた永遠があるから、ここに自分という存在があるだけで だがそれすらも、深沢にとって最早どうでもいいことだった 「下らねぇ……」 何に対して向けるでもなく呟いて 深沢は銜えていた煙草を下へと落とし かかとで踏みつけて火を消すと、そのまま帰路へと着いていた 最近越してきたばかりの自宅 その真新しい戸を開き、中へと入れば 深沢を迎えるかの様に、二匹の蝶が飛んで現れる ひらりひらりと 戯れながら飛ぶその様はひどく穏やかで だが、それを眺め見る深沢は、溜息ばかりを付いていた 「退け」 一言で蝶々達を指先で払って退けながら 家の中へと入れば、だが人の気配はそこにはなかった 居る筈の人物がいない事に、深沢が徐にテーブルの上を見てみれば ソコに置いてあるメモ書きに気付く (買い物に行ってくる 奏) 以前のメモ書きと全く同じ文面、見て終えた直後に戸の開く音 その物音に、深沢はゆるりと向いて直る 「また随分と大荷物だな。今日は一体何買ってきた?」 向いた先には言葉通り、大量の荷を担いでいる少年・滝川 奏が立っていた その事に触れてやれば、滝川は僅かに困った様な笑い顔を浮かべながら 「メシの材料。今日、クリームシチュー作ろうと思って」 袋の口を開き、中を深沢へと見せてくる 言葉通り、その中にはシチューのルーと野菜類 人参玉ねぎとありふれたシチューの具に混ざり何故か山芋が入っている事に、深沢は顔を顰めていた 滝川の方を見やり、だが滝川はその意に気付く事もせず袋を下げ台所へ 山芋入りシチューという何とも不思議なものを作り始めてしまう 料理に関する感覚がおかしいのは昔からで 最早治らないのだろうと、深沢は諦めるしかなく 胃の方を料理に合わせ鍛えてやらなければと 一人密かに苦笑を浮かべるばかりだ 「望、出来た」 クリームシチューの甘い香りが部屋中に漂い始め、食卓へとついた深沢の前へと皿が置かれる 見た目はそんなにおかしくない だが騙されてはいけない 中に入っているのはジャガイモではなく山芋 スプーンで掬ってみれば見事に糸を引く 「何でこの芋、こんなに粘ってんだ?」 その正体に未だ気付く事をしない滝川へ だが深沢は何を言ってやる事もせず、食パンをガスコンロの直火で焦げるまで焙り、食べ始めていた いい加減トースター位は買うべきかと 苦いソレを食べながら真剣に悩みだす そして徐に滝川を呼んでいた 「……メシ食ったら買いモンに行くぞ」 トースターを買いに行く、と告げる深沢に 兼ねてよりそれを主張していた滝川が、異を唱える筈もない 早々に食事を済ますと、片付ける事はせずまた外へ その二人の後に、二匹の蝶も付いて出ていた 外は相も変わらず騒がしく 深沢は溜息を付きながら、だが楽しげに周りばかりを眺める滝川に 一応は歩調を合わせてやる 「楽しそうだな」 何気なしにそう言ってやれば、滝川は徐に深沢の手を取って 「一人じゃ、ないからな」 多少照れた様な一言 思いがけない事の葉に虚をつかれる深沢 だがすぐに肩を揺らすと、若干手荒く滝川の頭を掻いて乱していた 一人でない事に安堵しているのは深沢も同様だ 周りを飛んで遊ぶ蝶 その蝶により死を得られない体になってから幾数年 周りばかりが変わっていく中何一つ変わることの出来ない自分が、酷く惨めに感じられる 狂気に染められてもおかしくない程の長い時の中で それでも深沢が己を保つことができているのは、滝川の存在が傍らに在るから 照れくさいのか、面と向かって言う事はしないが 事実、滝川の存在は深沢にとってなくてはならないものになっていた 「ガキ」 一言言って返してやり、そして歩く事を始める 次へ |
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