《MUMEI》
夜ハ更ケ
「うわあ、林太郎君まるで貴族だよ……」

慶一は以前より体型が維持出来ていないので肩幅や腹周りが合っていない。
一方、林太郎は新しく仕立てられた夜会服に髪を上げ、爪先まで整っている。


まるで、と彼は云うが
林太郎は北王子の血筋が流れている分、貴族では有るのだ。
無邪気な慶一に救われる半面、自らの血筋が純潔ではない穢れた子供だと知らしめられる。


「有難う、慶一も立派だよ、背筋を伸ばすと貫禄が出るんじゃないか。」

林太郎は自信無さげに身を縮み込ませている慶一の背中を盛大に叩いてやる。
二人は俥に乗り、影近家の夜会に向かった。

首を襟裳が締め付けて不自由さを感じた。

「まさか、御祖父様が林太郎君との同行を許可してくださるなんてね。」

慶一は掌から鼈甲飴を取り出して林太郎に一粒差し出す。


「……そうだな。」

林太郎は知っていた。
兼松は林太郎が貴族に成りうるかを試している。

林太郎自身は其の気は無いのだが、目に余る粗相をして此れ以上立場を悪く出来ない。
今は様子見の状態だった。
張り巡らす思考を飴の甘味で和らげる。


あの「影近」 家は気に入らないが、林太郎は夜会に少なからず興味をそそられた事も事実だ。
好奇心に負けた、と考えることにした。



影近家の夜会は貴族限定で林太郎は最初に呼び止められたが、一応兼松より貰い受けた家紋入りのカフス釦と慶一の必死な弁明で門を潜ることを許された。

林太郎は見えないところで舌を出して反撥してやる。

気付いた慶一は腹を震わせて喜んだ。

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