《MUMEI》

 
 今日も通勤ラッシュの電車から勢いよく吐き出され、慣性の法則に従うが如くそのままの歩調で歩き続ける。

 家庭にも、会社にも、釈然としない何かを抱えているのは確かなのだが、得体の知れないその何かを掴もうとしても、いつの間にかスッとどこかに逃げられてしまう…。
そんな感覚がここ数年の雄介の心の中に見え隠れし続けていた。

 通勤時にこのことを考え始めるとその日一日が憂鬱な気分になる。

 そして、会社のエレベーターの前でそれに追い討ちをかけるような人物に出くわしてしまった。

 雄介の元部下で、現在はBCAPのメンバーである鈴木だ。


「おや? おはようございます、川崎課長」


 その挨拶に敬意と言うものはこれっぽっちも感じ取れない。


「おはようさん…」


 雄介もそれなりの返事をしてエレベーターに乗り込む。
 鈴木とエレベーターで二人きりとは何とも居心地が悪い…。


 雄介は自分のオフィスがある7階のボタンを押し、少し間を開けてBCAPのある最上階のボタンを押した。
それを待っていたかのように


「すみません、ありがとうございます」


と鈴木が言った。

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