《MUMEI》

 
 エレベーターの装飾壁に映った自分の髪型を気にしながら、

「どうです、課長。
最近お忙しいですか?」

と鈴木が訊いた。

 無視したいのは山々だったがこの空間ではそれも難しい。
雄介は応えた。


「そうだな。
今夜も山羽製薬の事務長と食事をしながら商談がある。
帰りがまた遅くなりそうだ…」


「山羽製薬…。
あれ?課長まだ聞いてなかったんですか?
その案件、うちの部署で引き継ぐことになったんですよ」


途端に雄介の顔色が変わった。


「おいおい、冗談だろ!?
営業課で2年掛かりで必死になって追いかけてきた大型案件だぞ。
何で今更BCAPに!?」


「そうむきにならないでください。
 あれだけ大きな商談になると事務長如きじゃ話になりませんよ。
 聞いた話だと、うちのチーフと山羽製薬の専務とは同じ慶応卒の先輩後輩にあたるらしくて、それでとんとん拍子に話が進んでるみたいですよ」



 何を言っても無駄だと悟った雄介は首をうなだれてそのまま黙り込んでしまった。

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