《MUMEI》 七生は既に近くの知らない人達と早くも打ち解けている……。 俺は相槌打つのでやっとだし、七生にさっきから寄って来ている白いドレスの女性が気掛かりだ。 程なくして瞳子さんの優雅なスピーチが始まった。 『皆さん、今日は忙しい中、有り難うございます…………』 乾杯の為に皆が立っているどさくさに紛れてトイレに行く。 「はあ……」 溜息が出た。 手を洗うのもダラダラしてしまう。 「やっぱトイレだったか。」 七生がトイレに入って来た。 「美女と楽しくお喋りしてたんじゃなかったの?」 つい、刺々しくなる。 「なんでそう意地悪言うのさ……」 俺の後ろへと擦り寄ってきた。 意地悪って何がだよ…… 「ヤダ、誰か来る。」 七生が俺の前髪を直す。 「……崩れたから直しているだけだよ?」 耳元でそうやって囁いてくる時はただじゃ済ませないくせに。 俺が七生の美声に酔ってるのを知った上でするんだ。 「今日の二郎は悪戯したくさせる……出来れば、ぐしゃぐしゃに着崩させたいとか……。」 脇の間から七生の逞しい腕が巻き付いてきた。 「シワになる。」 突き放した。 「我慢するから、ちゅー。」 口をタコにすぼめてくる。 「此処じゃあイヤだ……アッ、乱暴するな馬鹿!」 個室トイレに無理矢理掠われる。鍵を閉められ両手を塞がれて体を壁に押し付けられた。 「なあ、妬いてる?」 七生の囁き攻撃が始まる。 「知らん!触るな!息を吹きかけるな!」 七生の腕力に敵うはず無いのに抵抗してしまう。 「俺はこんな綺麗な二郎に誰かが触ろうものなら気が狂っちまいそうだな。」 「そういうこと言っても無駄だ、瞳子さんは『お姫様』なくせに。」 騙されないぞ。 「なんだよう、妬いてんじゃ〜ん……」 耳の裏を指の肚でコリコリ引っ掻かれた。 「 ン……って、無い!」 手首を掴んで指の動作を止めさせる。 「心配なだけだっ…… 七生がスーツ似合うから、皆見る、……七生は人気者だから沢山の人が七生のことを好きになる……」 七生の両手が頬に届き、がっちり顔を固定された。 「鈍いんだから……おバカちゃん、二郎の方が遥かに似合ってるんだよ?だから俺が近付いて来れないように人垣作って守っていたのに……。」 馬鹿七生におバカちゃん付けされたのはショックだ。 「誰でも口説けるくせに…………」 前みたいに、そうやって期待して裏切られたくない。 「俺を信じろよ、頼むよ…… こんなに好きなのに。 こんなに愛しているのに、どうしたら伝わるんだ?俺じゃあ役不足?」 力無く七生は俺にもたれ掛かる。 「そんなこと言いながら飽きちゃうんじゃない?」 七生は俺の言葉に反応しない。 頭をぺしぺし叩いた。 「……ガー!」 七生に顎を噛み付かれた。 「ギャー!」 野獣だ、野獣! でも頬が濡れている。 七生が泣いている。 「じろーのばかあ……」 俺にしがみつく七生のそれはまるで子供だ。 前へ |次へ |
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