《MUMEI》

 翌日はひどい雨に見舞われた
雨水が屋根を打つ音で眼を覚ました深沢が、カーテンの隙間から外を眺め
天気の悪さに舌を打つ
薄暗い色の空を煩わしく思いながらも、どうする事も出来る筈もなく
仕方なく二度寝でもしてやろうとベッドへ
戻ってみて、傍らで眠る滝川の呼吸がひどく荒い事に気付いた
一体何事かと、眠る滝川の身を揺すり起こす
「の、ぞむ……?」
深沢の名を呼ぶその声は情けなく震え
風邪でも引いたのかと額に手を触れさせればひどく熱を持っていた
取り敢えずは薬を飲ませてやろうと棚からソレを取り、水と共に滝川の前へ
出してやれば、だが滝川は顔を背け薬を拒む
「……粉薬、苦いから嫌だ」
まるで子供の様な物言いをする滝川
頑なに薬を飲む事を嫌がる滝川に、短気な深沢が痺れを切らすのにそう時間は掛らなかった
水と薬を自らの口へと含み、滝川の唇を塞いでやり強制的に飲ませてやる
唇が重なった、次の瞬間
突然、脳裏に白濁がかかり、その白の中陽炎の彩りが見え始める
周りを大量の蝶の死骸で囲まれ、一匹飛んで舞う様はひどく寂しげだ
「に、が……」
滝川が薬を嚥下したのを確認し、深沢は唇を離す
今見えたモノは一体何だったのか
訳が分かる筈もなく、取り敢えず滝川へ大人しく寝ている様言って聞かすと
深沢は陽炎が何故か気に掛かり外へと探しに出かけた
滝川の突然の体調不良
ソレは恐らく陽炎が傍らに居ないせいなのだろうと理解し、好いてはいない人混みの中へ
しかし、陽炎を探すと言ってもこの広い街の中、当てがある訳もなく
一体どこを探していいのか、全く見当もつかない
深々しい溜息をつきながら唯無意味に歩きまわる深沢
とある通りに差し掛かると、突然に幻影が姿を現した
「どうした?」
忙しなく羽根を羽ばたかせる幻影へと問うてみれば
幻影はまるで深沢を誘うかの様に細い路地の奥へと入っていく
その姿を追い、路地を進んで見れば
そこに、街中におよそ似つかわしくない竹林があった
さらに奥へと進んでいってしまう幻影を追い、深沢も竹林の中へ
入ればそこに、随分と古めかしい古民家が一軒、密やかに建っている
「……珍しい。生きた人間の客人なんて、何年ぶりかしら」
縁側にて茶を啜っていた人物と眼合って
ゆるりと立ち上がると深沢の方へと歩み寄ってきた
指先で幻影と戯れながら、相手はまた腰を降ろす
「座りなさい」
深沢にも腰を降ろすよう促し
だが深沢の目的は陽炎を探す事であって
こんな所で悠長にしている場合ではない
「……探しているものは、あれかしら?」
その深沢の胸の内をくみ取ってか
相手が差し出した指の先には陽炎の姿があった
見つかった事に深沢は安堵し、肩を撫で下す
深沢が手を差し伸べてやれば、掌にふわりと降りて
普段と変わらない筈のその姿
だが、まじまじ眺め見てみれば
羽根が片方もがれてしまっていた
「人間の欲に中てられたわね」
一体何があったのかと訝しむ深沢へ、女性からの声
その声に彼女へと向いて直れば、細い手が深沢へと伸ばされる
「気を、つけなさい。完璧に奪われてしまえば、二度と飛ぶことが出来なくなってしまうから」
触れてくるその手はヒトのそれとは思えぬ程に冷たく
生き人の体温をまるで感じる事が出来なかった
僅かに驚いた様な顔をして向ける深沢へ、女性が静かにその整った顔に笑みを浮かべる
そして徐に壁に掛っている時計の方を見やり
「もう、帰りなさい。アンタはいずれ、また此処に来る事になるから」
謎な発言をする彼女
意味など深沢に理解出来る訳もなく
だが一人残してきた滝川が気に掛かりかえることを始めた
またいらっしゃい、との相手からの声に適当に返し
その場を後にしていた
手の平でくたりとする陽炎
その身に寄り添う様に幻影が姿を現わして
幻影にとって陽炎は、やはり特別な存在なのだと改めて感じられた
「……オジちゃん。その蝶々、僕に頂戴」
暫く立ち尽くしその様を眺めていた深沢
その服の裾が突然に引かれ、深沢は後ろへと向いて直った
そこに居たのは一人の子供

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