《MUMEI》

「彼は行方不明になっていたのですね。」

親から虐待を受けて二年前から行方不明だった少年…………。


「……何もお役に立てなくて申し訳ない。」

黒い着物の方が頭を下げてくれた。


「いいえ、恥ずかしながら私一人では混乱していました。こちらこそありがとうございます。」


「私の息子も今、入院していますよ。見舞いに行こうとしていたんです。」

見舞いの袋をぶら下げて笑うその人に子供が居ると知り、驚いた。
そういう家族なんてものが結び付きにくい印象だったからである。



「新井田、あれ、有名な資産家の氷室千石様だよ。」

氷室……聞いたことがある。そうか、最近入院して来た子だ。
看護士が手を焼いているというのがあの人の子供か……。


廊下で子供とすれ違う。
しゃがみ込んで、じっと床の一点を見詰めていた。


「どうしたの?」


「潰してる。」

その、幼い少年は足で果実をぐちゃぐちゃに潰していた。




桃の、甘い香りが鼻から抜けた。

「そんなことしちゃあ可哀相だよ。」


「可哀相?」

男の子は目を丸くして驚いた。


「そうだよ、美味しく召し上がってもらうために育てられた桃だから、『可哀相』。あ、すいません。拭いて下さい。」

男の子に言い聞かせた後、廊下の広がった桃は掃除の人に頼む。

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