《MUMEI》
氷室邸
深夜に帰るのもすっかり慣れてしまった。
桃の樹を横切ると廊下に潰れていた桃を思い出す。


「……うわ!」

また、轢いてしまいそうになる。


「家まで連れてって」

少年の声がした、足元を捕らえられる。


「君は……。」

桃の実を潰していた子だ。


「帰りたい。」

目に、力のある少年だ。
自然と後ろに乗せて、指示されるままにペダルを漕いでいた。

雨が降っていたけれど、止められることが出来ない。
……気がした。


何をしているやら。
明日、夜勤なのに……自分でもうんざりした。



「右曲がって、ココ。」

指示された先には豪邸があった。
城という表現も間違いではない。


「君…………氷室君?」

この子が資産家、氷室千石の息子さん……


「はい。」

静かな、応答をされた。
門前で黒い傘と着物は目立たない。


「あ……。」

驚きすぎてしまい声が詰まる。
氷室千石さんがいつの間にか私達を出迎えていた。


「二人共ずぶ濡れで……、お入りなさい、乾かしますから。」

肩を抱かれ半ば強引に引き入れられてしまった。


「あの……自転車が。」

そっちのけで中まで誘導される。


「運ばせよう。肩が冷えている、いけないな。」

羽織りを被せられた。
息子さんには傘を差してあげている。

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