《MUMEI》

屋敷は敷地内に四つ存在している。
一番大きな屋敷は私が拘束されていた千石様のもの、そしてもう一つ、千秋さんが暮らす屋敷に私は身を置くことになった。

憲子さんは居なくなり、最低限の生活は一人で出来るようになった。
家庭教師として千秋さんを教えている様子を藤間さんが監視に来ることもあるが、決められた時間に鎖で誘導され限られた範囲しか動けなかった頃よりはマシだ。


枷も外れ鎖も無いが首輪だけはつけられたままで、腹の鞭の痕が疼くことがある。それ以外は人間らしい生活を取り戻しつつある。



千秋さんは聡明な方で、七歳には思えないくらいに落ち着いている。
私が一教えれば十理解するような頭脳を持ち合わせていた。


「モモ様、千秋様が……」

ただ千秋さんは時折、突飛なことをする。


お手洗いに行くと言っていたのに、外で花壇を踏み荒らしたりした。


「千秋さん、どうしてこんなことをするんですか!」


「怒るな、めちゃめちゃに舞い上がる花の方が綺麗だ。ほら!」

千秋さんの蹴り上げる足から花びらが浮かぶ。
はらはらと散ってゆく若い蕾が無性に切なくて、しゃがみ込んでしまう。


「……怒ってません私は、哀しいだけです。」

千秋さんが学校へ行かないのは体の一部が麻痺しているかららしい。
治るまでには数年はかかるという…………


「泣くなモモ、笑え。」

千秋さんに頬を抓られた。


「千秋さん、私は自分の意志で枯れ散る花が一番美しいと思います。」

まるで千石様のように悪びれる様子も無く振る舞う千秋さんにどうすれば伝わるのか分からず、抱きしめることしか出来なかった。


「モモは面白いな。」

千秋さんが意味を理解できたとは思えないけれど、この一件以来、花壇には近付かなくなったそうだ。




「千秋さんはお友達が居ますか?」

千秋さんは一人で読書をしたり、天気が良いと外で私と授業したり。
寂しくないのだろうか。


「別に。
ああ……、モモってすぐにどうでもいいことを考えるんだよな。
俺は友達とか家族とかより面白いかつまらないで考えることにしている。まあ、そのうち『千花』が来るだろうし。」


「……千秋さんには兄弟がいらしたのですね。」

初めて聞いた。
千秋さんは笑いを堪えていた。


「そのうち、連れてこられるんだ。俺は千石の子供じゃ無いし……。
モモはやっぱり面白い、あんな人殺しなんかより俺のになればいい。」

長く伸びた私の髪を指で梳かれた。


「人殺し……?」


「俺が此処に来る前に千石の屋敷で行方不明者が出たんだ。確か……名前は萬代……」



「千秋様、一ヶ月後は晩餐会とのことです。」

……藤間さんだ。
見計らったかのようにやってきた。
相変わらず機械のような人だ。

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