《MUMEI》
武丸と十六夜
父は分家とは離縁に近い状態になった。かつての穏やかさはなくなり、僕には厳格な父になっていた。

十六のある晩、父に座敷へ誘われた。
月が橙色をしていて美しかった。


「体も幾分丈夫になったお前に因幡家を托そう、そして依子を守るのだ。」
パイプを吸う父はかつての優しかった面影があった。

「勿論ですとも、依子も僕の可愛い妹でございませんか。」
つい熱くなり、僕は酒を一口呑んだ。

「お前と依子に血の繋がりは無いのだ、依子の母は分家の策略により金で雇われた悪漢に強姦された。それを責め苦に入水自殺したのだ。」
父の口から煙がもうもうと浮かび上がる。

「そんな、なんて惨い……」

分家の義母や依子に対する態度に腑が煮え繰り返る。

「因幡の財産はあのような下劣な輩には触れさせてはならん。
……依子は彼女の忘れ形見だ、そして生まれ変わりなのだ……依子をこの年迄お前に会わせなかった理由、教えてやろうか。」
父にパイプを渡され僕も真似事をして吸い上げてみた。肺に煙が廻り噎せるばかりだ。

「依子……」
父が襖を開けた向こうに、十二歳になった依子が居たのだった。

「……依子を、抱いてやれ
老い先短い儂にはもう守る力も無い、依子を愛し守ってゆくことが因幡の当主の使命だ。」
それが父の最期の遺言だった。

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