《MUMEI》
迷い子
 身体の気怠さに、滝川は眼を覚ましていた
部屋の中は暗く、日が暮れきった夜なのだと言う事が知れる
室内は静かで、深沢の姿もそこにはなかった
一体何所へ行ってしまったのかと辺りを見回し始め
そしてベッドから降りていた
「……望?」
傍らにその姿がない事が今はひどく不安で
縋らずにはいられない自分が、堪らなく惨めに感じられる
「……どこ、行ったんだよ。俺を、一人にするなって」
手の平に乗せられていた半身の陽炎を胸に抱きながら
一人寂しさに耐えるしかなく、それが堪らなく怖かった
足手まといでしかない今の自分を、深沢が見捨ててしまったのではないか、と
弱っている身体と頭は悪い方向にしか考えを傾かせてはくれない
「何で、こいつ半分になってんだよ。一体何があったんだよ……!」
状況理解が出来ず、それが更に滝川を不安にさせる
座り込み、膝を抱え蹲っていると、不意に戸の開く音が
深沢が帰ってきたのかと顔をあげる
だが、そこに居たのは見知らぬ少年だ
「テメェ、誰だ?」
当然なその問いに
少年は楽し気に笑いながら土足のまま家の中へ
滝川の前まで歩み寄り、そして止まった
「へぇ、君が陽炎の宿主か。やっぱり陽炎は美人が好きなんだ」
少年はまじまじと滝川を眺め
その視線が滝川にはひどく不愉快で、何用かを問う事で少年の注意を逸らす
「用?そうだな……。特には無かったんだけど」
少年は途中言葉を区切り、手を伸ばし滝川の顎を捕らえる
子供とは思えない程の力で掴まれ、振り払う事が出来ない
無理やりに唇が重ねられ
突然の事に滝川は眼を見開く
だがやはり、振り払う事は叶わず少年のされるがままだ
「僕の中の蝶が陽炎を欲しがってるんだ。ねぇ、陽炎頂戴」
唇を離した直後の言葉
しかし滝川は理解できるわけもなく、唯息苦しさに肺が酸素を求め、肩を上下させるばかりだった
「ねぇ、聞いてる?早く陽炎頂戴」
手を差し出し、頂戴と三度告げる少年
漸く呼吸が落ち着いてきた滝川が、それを拒むように首を横に振る
頑なに首を横へばかり降る滝川へ
少年の表情から穏やかさが消えた
「言う事、聞いてくれないんだ。じゃあ」
此処で一度言葉を区切ると、まるで子供とは思えない力で滝川をベッドへと押さえつけた
唇が耳元へと寄せられ、そして手が首へと伸ばされる
「君の大切なヒト、傷つけちゃうから」
呟かれた声に滝川は眼を見開く
滝川の大切なヒト、それは深沢しか居らず
傷つけると言われ、滝川の頬に無意識に涙が伝った
「の、ぞむ……」
強い締め付けに息苦しさが増し、意識が遠退いて行くのを感じながら
だが滝川は何とか着衣のポケットに入れている携帯に気付かれない様手を伸ばす
短縮登録されている深沢へとかけ
今の現状に気付いて欲しいと、滝川は切に願うばかりだった……

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