《MUMEI》

 街の喧騒の中
宛てもなく少年を探して回る深沢が、鳴り響く携帯に気が付いた
着信は滝川
何かあったのかと出る。
だが何の声もない事に訝しんでいると
暫くして滝川の声ではないソレが聞こえてくる
『結構頑固なんだ。早く陽炎渡してくれないと、首の骨、折れちゃうよ』
聞こえてきた声に、深沢の表情が強張った
ソレは、今まさに探して回っている少年の声で
滝川の携帯からその声が聞こえてくるという事は、彼の間近に少年が居るという事で
深沢はすぐ様踵を返し自宅へ
到着するなり戸を蹴って開いてみれば
次の瞬間、真黒の彩りが深沢の視界を覆い尽くす
部屋中に舞って降る大量のソレは、無残にも引き千切られた蝶の片羽根
ソレに埋もれるかの様に倒れている滝川
そしてその様を楽し気に眺め見ている少年の姿があった
「やっぱり陽炎皆に愛されてるんだね。こんなにも集まってきた」
床に落ち、痙攣を起こしている片羽根の蝶たちを見下しながら
笑う事を始めた相手を深沢は怪訝な顔で睨めつける
この少年は、蝶に惑わされて狂っている
とにかく滝川を、と深沢は部屋の中へ
彩りの中から引き上げてやれば、滝川の眼が深沢を捕え安堵に弱々しい笑みを向けた
「何だ。もう帰って来ちゃったんだ。早いなぁ」
さも残念と言った様な少年の声を背に戴き
滝川を横抱きに抱えた深沢はゆるりと剥いて直る
苛立ち、睨めつけてやりながら
「テメェ、何が目的だ?」
陽炎を求めるその理由を問うていた
だが返答などある筈もなく、子供らしい笑みが返されるだけ
「まだ、秘密だよ。全ては、これからなんだから」
楽し気に笑いながら、そして少年は片羽根の蝶達の中から陽炎を探し出し堂々と表戸から出ていく
ソレを追いかけようとする深沢
しかし、それを引きとめるかの様に深沢の衣服を掴んでくる滝川の手
仕方なく追う事を止め、
床に積もった蝶の死骸を蹴って散らしながら寝室へ
そこの戸を開いてみれば、そこにも彩りが散乱していて
深沢は派手に舌を打つと、ベッドの上に散るソレを全て払って退け滝川を寝かせてやった
結局、訳が分からないままに陽炎は奪われてしまった
傍らで眠る滝川を眺めながら一体、自分たちの周りで何が起こり始めているのか
ソレが分からず、深沢は派手に髪を掻き乱すばかりだ
「……幻影、テメェは何か知ってんじゃねぇのか?」
深沢の周りを飛んで現れた幻影に
言葉など通じる筈もないと解っていながらも問う事をすれば
唇に、真黒の彩りがふわりと停まった
目の前が黒に染まった、次の瞬間
深沢の脳裏に、またしても何かが見え始める
見えたソレは以前と同じ蝶の彩り
下に散乱する蝶の死骸、その中央で一匹寂し気に飛ぶ陽炎
以前見た画とほとんど変わらないそれに、だが一つだけ明らかな違いがあらわれる
陽炎へと寄り添う一匹の蝶々
色はなく、ただ存在がそこにあった
幻影は、何を伝えようというのか
見せられたそれだけではやはり理解出来ず、考えれば考えるほどに解らなくなっていく
苛立ちばかりが増し、深沢は煙草を銜えながらベッドへと腰を降ろした
膝の上に肘を立て、組んだ手に頭を凭れさせながら
徐々に壊されていく平穏を憂うばかりだ
自分たちにとって平穏など無意味だと
誰かに、何かに嘲笑われている錯覚に陥って
段々と、煙草が灰へと変わり床へと落ちていく様を
だがどうする事もせず唯眺め見る
その深沢の周りに
突然、幻影が忙しく羽根をばたつかせる事を始めた
「幻影?」
一体どうしたのかと睨めつけてやれば
幻影は突然に外へ
ひらりひらりと舞ながらゆっくりと、まるで深沢を導くかの様に街の中へと向かう幻影を
もしかしたら現状を打破できるかもしれないと、深沢は後を追った
相も変わらず外は人の波
無数に行きかう人々の間をすり抜けながら、幻影を追って辿り着いたソコは
以前にも訪れた竹林の中にある一軒家だった
大量の黒蝶が屋敷を取り囲む様に飛んで遊び、その様に多少なり慄いたらしい深沢の脚が止まる
「……落ち着きなさい。怯えなくても、大丈夫だから」
黒の彩りの中央

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