《MUMEI》
突然温泉旅行
初めて乗る電車は楽しかった。


忍の許可を得て、車内サービスを利用して駅弁も買って食べた。


「…で、どこまで行くんだ?」


電車を満喫して、かなり満足した俺としてはこのまま帰りたかった。


「旅行の定番だ」

「普通って事か?」


俺の質問に忍は頷いた。


「最近疲れてたから、丁度いい」

「俺、そんなに疲れてなんか…」

「俺がだ。…降りるぞ」


忍は二人分の荷物を持ち、通路を歩き始めた。


「あ、待てよ!」


慌てて俺も後を追った。


駅を出ると、一人の男性が忍に声をかけてきた。


どうやら、宿泊先の従業員らしい。


「どうぞ」

「どうも」


(丁寧だなぁ)


俺と忍は、男性が開けたドアから車に乗った。


それは、ピカピカに磨かれた黒い乗用車だった。


木造の旅館に着くと、男性が先に降りてまたドアを開けてくれた。


(うわっ)


入口に入ると着物姿の女性とスーツ姿の男性がズラリと並んでいた。


「大女将でございます」

「女将でございます」

「若女将でございます」


「お世話になります」

「…なります」


俺は、迫力に圧倒され、忍の後ろに隠れていた。

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