《MUMEI》
落ち着かない
そこは、あまりにも俺には縁の無い空間だった。


「部屋じゃなくて家じゃん」


思わず呟くと、案内役の若女将にクスリと笑われた。

「まぁ、そう言えない事もないな」


忍はたどり着いた建物を見つめながら言った。


この旅館の離れは、本館を出て、少し歩いた場所にある独立した六つの建物だった。


そこには、一つ一つに専用の庭と露天風呂が付いていた。


食事もここの一室でするらしいから、完全に、自分達だけの温泉旅館な状態だった。


「仲が宜しいんですねぇ」

「え…」

「はい」


お茶を入れる若女将の言葉に、俺は戸惑い、忍は即答した。


「では、お食事は七時で。
お食事中に、隣にお布団を敷かせていただきます」

「お願いします」


忍の言葉に、若女将は微笑み、部屋を去った。


「あのさ、改めて聞きたいんだけど、何で温泉旅行なんかに来たわけ?」

「俺の疲れをとる為だ」

「一人でいいじゃん」

「ここは、一人ではなかなか来れない」


(まぁ、そうだけど)


俺は、二人でも広すぎる空間を見回した。


洋風の広い空間には慣れていたが、俺は和風の広い空間は初めてで、落ち着かなかった。

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