《MUMEI》

いつものように躱を洗われたが今日はいつもと違う。
首輪を外された。


すっかり伸びた髪を結われ、窶れて血の気が失せている頬に紅を注された。
肌も唇も血色良く見えるように化粧されてゆく。

服は病人が着るようなものでは無く、背中の開いた胸元にゆとりのある裾を引きずるような黒いドレスを着せられた。
……化粧されてゆく間に鏡を見ていると自分が八十になってゆくようで不気味だった。



ブランケットを膝に、青鼠色のストールを頭から胸元に纏い車椅子に乗せられる。


私の意志とは関係なく勝手に移動させられてゆく。

何かが起ころうとしている。




シャンデリアの光がいつもの屋敷の大広間を照らしている。
私は車椅子を引かれながら階段を降りれば広間の真ん中へ出られるホールへと導かれた。
ホールは一階と二階の間にあり、テラスのように手摺りのみで囲われている。

ステージのようになっているので一階の招待客は自然と見上げる形だ。



「皆様、お集まり頂き有難うございます。古くからの友人、億永が亡くなり今日で一年になります。」

数メートル先の手摺りに千石様の黒い着物を見た。

「彼の地位に財産の一部は親類である方に譲渡という話であられるとか……」

深閑となった客人により、千石様の声がより際立つ。

車椅子が千石様の後ろまで押された。

「紹介が遅れましたね、私の新しい家族である“氷室千秋”です。」

千秋さんがホールに向かって真っ直ぐ階段を上がる。

軌跡のように招待客が道を空けてゆく。

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