《MUMEI》 「……起きて。ねぇ、起きてよ」 静かな室内に、幼な声が響いた 閉じていた筈の窓が突然に開き、桟へと腰掛ける人影が現れて 広いダブルベッドの上、一人蹲る様に眠る滝川へと歩み寄っていく その気配に、滝川の眼がゆるりと開いた 「……また、来たのかよ。一体何の用だ?」 見えた姿に滝川は吐き捨てる様に呟いて、用が無ければさっさと出て行けとも続けて返せば 少年の口からは深々しい溜息が漏れていた 「……あるから、来たんだよ。ね、お兄さん。僕と、一緒に来て」 突然のその言葉 熱に浮かされ、そして寝起きの頭にはすぐ様ソレを理解する事は出来ず 唯、ぼんやりと少年の方を見やっていた 何の反応、返答も返さない滝川に、段々と少年が苛立っていくのが見て取れ 滝川の手首を手荒く掴みあげる 一体、この小さな体のどこにこんな力があるのかと思う程に その力は強いものだった 「離、せ!」 触れられたくなどないと拒み だが解放される事はなく、更に強く手首は締め付けられていく 「相変わらず強情だね。いいの?あのオジさんがどうなっても」 暴れ、抵抗する滝川へ 少年からの冷たい声がなる 「僕がその気になれば、あのオジさんを(殺す)ことくらい出来るんだから」 滝川の眼が見開いた 死を望めない自分たちを、殺すと言い切った少年に ひどく違和感を覚える 「……何、驚いてんの?殺すって言葉がそんなに意外だった?」 「当然だろ。俺達は……」 「そ。蝶に憑かれてて、君達は死不の身なんだよね。でも、僕は君達を殺す方法、知ってるから」 嫌な笑いを浮かべながら 少年は滝川の顎を掴み上げ更に口元を緩ませる 「何だったら、今直ぐにでもあのオジちゃん、殺してみてあげようか?」 「何、で……?」 「何でって、お兄さんに来てほしいからに決まってるじゃない。お兄さん、頭悪いなぁ」 声を上げ笑い出した少年に、滝川が感じたのは狂気 一体何が、此処まで少年を狂わせるのか 滝川には理解出来ない それでも、此処で自身が異を唱えれば深沢の身に危害が及ぶ可能性があると それだけは絶対に在ってはならないと、滝川は少年の服を掴む 「……俺がお前に従えば、望には手を出さないんだな?」 その問い掛けに、少年は満足気な表情を滝川へと向け、小さく頷いた おいで、と幼い手が差し出され 滝川は、その手を取るしかなかった 「聞きわけがいいね。そんなにあのオジちゃんが大事なんだ」 揶揄う様に行って向けられ そしてその直後に、周りを突然黒蝶に覆われる瞬間の彩り、それが消えた後目の眼に広がる景色が、明らかに変わっていて 一面、淡く白い花が咲く何処かに、滝川は立っていた 周りを見回せば ソコには、大量の黒蝶達が群れを成して飛んでいる 「……奇麗でしょ?花も、蝶も」 呆然と立ち尽くす滝川へ 少年は握っていた手を差し出すと、ゆっくりとその手を開いていく 手の中にあったのは 半身しかなかった筈の陽炎 失っていた筈の片羽根が、粗雑に陽炎の身に縫い付けられているのを見せられ 滝川は言葉を失う 「……コレ、動かないの。だからお兄さんを連れて来たんだ」 微かに痙攣をおこしている陽炎を出して向けられ 少年からの声。戸惑うしか出来ない滝川へ 少年は突然に滝川の身を花の園へと押し倒していた 「綺麗だね、お兄さん。すごく綺麗」 華にまみれ横たわる滝川を見、少年は満足気な顔 その笑いは狂気に満ちている 「後は」少年がここで一度言葉を区切り、そしてその声をまるで合図に、蝶達が滝川へと群れる事を始め 全身を拘束され、滝川の身は花畑へと埋もれてしまう 「陽炎が目を覚ますだけなんだ」 顔を間近に寄せられ、不快感に青を反らせば 少年が大袈裟に溜息をついた 「本当に強情だね。意地張っても辛いのはお兄さんなんだよ」 言って終りに、少年は滝川の口内に陽炎を押し込む 喉の奥に感じる異物に吐き気を覚えながら、大きく見開かれた眼の端からは涙が流れ落ちて 苦しさから逃れようともがく 前へ |次へ |
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