《MUMEI》
街の中の花園
 目の前を、突然に幻影が横切った
いつになく忙しく動くその様に視界を遮られ、深沢の脚は止められる
一体どうしたというのか
暫く様子を眺め見ていると、幻影がふわり唇へと停まる
触れた瞬間
深沢の脳裏に陽炎の彩りが見えた
幻影は何を訴えようとしているのか
ソレが理解出来ない深沢は顔を顰めるしかない
訳が分からず立ち尽くすばかりの深沢へ
幻影は益々動きを活発なものにし
また街の中へと飛んで入っていった
「……付いて、来いってか」
そう言っている様な気がして
深沢は幻影の後を追う
そして辿り着いたのはどうしてか自宅だった
何故自宅へ、と深沢は訝しみながら、だが戸を開いて
そして見えた様子に、深沢は声を失ってしまう
部屋中に散らばる黒蝶の羽の彩り
嫌な予感を覚え、深沢は滝川が寝ているはずの寝室の戸を開いた
「奏!」
そこに居るだろう名を呼びながら中へと入れば
だがその姿はなく、あるのはやはり羽根の彩りばかりだ
幻影が何を必死に訴えようとしていたのか
今になってようやく理解した
何故、滝川自身の身に危険が及ぶことを想定出来なかったのか
浅はかすぎる己に心底腹が立つ
「……あのクソガキが!」
吐き捨て、そして深沢はまた外へ
当てなどある筈もなく、それでも走り出していた
途中、正面を歩いて来る人の影に気づき
だが勢いは止められずにそのままぶつかる羽目になった
「痛ぁ……。ちょっと深沢!いきなり何すんのよ!」
その人影は中川
滝川に見舞いでも持ってきたのか、その手にはコンビニの袋が握られている
「奏君にお見舞い」
モモ缶だと笑う中川へ
だが今の深沢に笑って返す程の余裕がある筈もない
深沢の様子が明らかにおかしい事に気づいたのか、何事かを問うてきた
「深沢。まさか、奏君居ないの?」
恐る恐るといった中川の声に
深沢は返す事はせず壁に拳を打ちつけると
滝川を捜すため外へ
眼前に広がる街
それが今はひどく煩わしいものに感じられて仕方がなかった
苛立ちばかりが先に立って
思考がうまく働かない
唯、穏やかに日々を過ごしたいと願うのに
ヒトと微妙に異なる存在にとって、その望みを抱くことは愚かだと
現実を突きつけられている気がしてならなかった
それ故に、滝川の存在を失ってしまうのが怖くて
その存在を今、切に求めてしまう
自分がこれ程までに他人に依存している事に、深沢自身驚くべきことだった
「幻影、探せ。テメェの女、さっさと探し出せ!」
珍しく深沢へ付き従い飛ぶ幻影へ
最早八つ当たりでしかない感情を向ける
怒鳴る様なその声に、通りを行き交う人々の視線が深沢に集まった
次の瞬間
花の香が突然辺りに漂う事を始め
そこ一帯に、ヒトのざわめきが鳴り始める
無機物ばかりでできているこの街の中にある筈のない香り
その香りに、幻影はまるで誘われるかの様に街の奥へ
深沢もその後を、一応は追ってみる
奥に進めば進むほどに
人通りは少なく、そして花の香は濃いものになって行った
暫く歩き続け、目の前に広がったのは
花の園
この街の中にある筈のない、花の咲き乱れる庭が、そこにはあった
「……オジちゃん、来たんだ」
花畑へと踏み込んだ深沢へ
花に塗れそこに座り込んでいた少年が首だけを振り向かせる
何が一体楽しいのか、その顔は満面の笑み
喉の奥で笑い、そして段々と声を上げ笑い出した
「……遅かったね。陽炎はもう僕のものだよ」
少年の掌には、両羽の陽炎
だが動く事はせず、微かに痙攣を起こすばかりだ
「奏はどこだ?」
声色も低く凄む深沢へ
少年は笑う事を止めぬまま、手近な花を数本毟ると立ち上がる
とある所まで歩いて進み、その花を降らせながら
「お兄さん。良かったね。オジちゃん、迎えにきてくれたよ」
花畑を見下ろし、少年はその中からヒトの手を引き上げた
その手に続いて花から現れたのは
両の目を見開き、涙すら流している滝川の姿だった
着崩れた寝巻の裾から見え隠れする素肌
滝川の全てを啄もうと、そこに大量の蝶が群れを成す
「流石、陽炎に愛されているだけはあるね。皆も気に入ったみたいだ」

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