《MUMEI》

段々と彩りに塗れていく滝川。それを間近で眺めながら少年は楽し気に笑う
その様を、当然深沢が黙って見ている筈もない
土を抉るほどに蹴りつけ、少年に向け脚を蹴って回す
頬を掠めた脚先に、少年の顔から笑みが消えて失せた
「邪魔、するの?ここは僕の街。全ては僕のモノなのに」
向けられるのは、明らかな怒の感情
だが深沢は動じる事無く身構え、少年を睨みつける
訳が分からない、とぼやけば
少年は益々苛立った様子で
駄々をこねる様に地団太を踏み始めていた
「……僕は、オジちゃんとは違う。僕はずっと一人だった。誰も僕のことなんて、覚えてもいてくれない。愛してくれない。冷たい場所でしかないこの(街)が、僕は大嫌いだった!」
喚くように、愚痴る様に言の葉を吐いて出す少年
その傍ら
突然に何かが見え始める
霧の様な淡い蝶
少年に寄り添い、その様は何かに怯えている様にも見えた
「これが、僕の蝶々(街)。幻影と陽炎の元になった蝶々だよ」
向けられた言葉に、深沢の眼が僅かに見開いた聞かされた言葉が俄かには信じられず、訝し気な表情の深沢へ
少年は満面の笑みを向ける
何故にその様な笑顔が出来るのか、と深沢は舌を打つばかりだ
「僕の言ってる事、解らない?どうして?」
「テメェの言葉足らずな説明で解れって方がおかしいと俺は思うが?」
「オジちゃん、馬鹿なんだ」
さも不思議だと首をかしげる少年に
馬鹿と言われ腹が立たない筈はなかったが、ここで無意味な問答を繰り返しても無駄だと言の葉を無理やりに飲み下す
すると少年が、一方的に話す事を始めた
「……僕ね、いつ何処でこいつに憑かれたか、もう覚えてないんだ」
「は?」
「でもね、こいつが何となく寂しそうに見えた事だけはおぼえてる。一匹寂しそうに飛んでて、何でか、放っとけなかった」
聞かされるそれは過去
少年の周りを、蝶がまるで宥めてやるかの様に飛んで回る
「珍しい、蝶だったし。一緒にいて何でかほっとした。だから僕はこいつと一緒に居る事にしたんだ」
過去を思い出しながら、浸り切って語る少年
ふわりふわりと周りを飛んで遊ぶ蝶へと手を差し出しながら話は更に続いた
「後は、オジちゃんなら解るよね?」
解りたくはないが理解してしまう
共に在り続け、そして少年は蝶の毒気に充てられてしまったのだろう
年老う事も死ぬ事も出来ず、一匹の蝶と長い時を孤独に過ごして
その虚しさが少なからずわかる深沢は、だが何を返す事もしなかった
「僕は永遠を生きていくことになった。別にその事に後悔はしてないけど、やっぱり一人は寂しいよ」
寂し気な表情で俯きながら
言の葉はやはり、傍らにヒトの温もりを求めるソレだ
「……オジちゃんはいいよね。このお兄さんがいて、陽炎がいて。どうして僕は一人なの?ずるい!だから奪ってやるんだ!陽炎と一緒に!」
怒りを露に少年は店、滝川の首へと手を掛けた
段々と締め付けられる気道
息苦しさに、滝川の唇が薄く開いて
少年がそこへ唇を近付けながら
幼稚すぎる一方的なキスを、愛情を与えてもらう為、ただ与えようとする
唇が触れる寸前
深沢の手が滝川へと伸び、その身を手荒く引き寄せながら開かれたままの唇に、深沢のソレが触れる
慣れた深沢からの口付けに、滝川の身体から強張りが解け
ゆるり眼が開き、深沢の姿を正面からとらえる事が出来た
「の、ぞむ……?」
目覚めて、最初に見えたのが深沢の顔だった事に、滝川は安堵の表情
だがすぐにその顔は強張り、滝川は少年へと視線を向ける
「……陽炎は、僕のモノだよ。オジさんは、邪魔だ」
低く呻く少年の声
それに呼応するかの様に大量の黒蝶が突然に姿を現わして
深沢達の周りを囲んでいった
「そいつ等はね、肉食の蝶なんだ。いくら死不っていっても、身体が無くなっちゃったらそうも言ってられないでしょ?」
だから食べてもらうのだと笑う少年
だが、蝶達が向かって迫ったのは何故か深沢ではなく滝川で
彩りが滝川を覆い尽くそうとした、次の瞬間
深沢がやはり滝川を庇っていた

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