《MUMEI》

『オジさんを(殺す)位出来るんだから』
以前の少年の言葉が思い出された
だから少年は直接深沢へと蝶を差し向けず滝川へと向けたのだ
滝川を守るために、深沢が身を挺し庇いに出るだろうと
「……望、やめろよ。やめろってば!俺なんか放って逃げろ!頼むから!」
背中の肉を大量の蝶に啄まれながら
このままでは相手の思うがままだ、と深沢の身体を押しやる
しかし深沢が退く事はやはりない
「……一人にして、悪かった」
逆に抱き込まれ、耳元で謝罪の言葉が鳴る
「傍についててやれば、こんな事にはならんかったんだろうがな」
全ては自分に非があると
掠れる声で呟く深沢へ、滝川は首を横へ振って返すしか出来ない
今、この状況を打破しなければ
目の前で、すぐ近くで大切なヒトを失ってしまう、と
滝川を不安に陥れていった
「いや、だ。退け、そこから退けよ!」
背から溢れ出した血が段々と広がり朱の水が周りを汚していく。それでも深沢は退こうとはせず
その様を眺めていた少年が、益々悔し気に深沢を睨めつけていた
「……早く、(死)んじゃえ。邪魔者は要らないよ!」
邪魔だと何度も喚く少年に
深沢は派手に舌を打ち、そして幻影を呼ぶ
「……アレ、テメェの親父なんだろうが。何とかしろよ」
多量出血故に段々と霞んでいく視界
それでも何とか幻影を捕え、愚痴る様に言ってやれば
幻影が深沢の周りへと麟粉を降らせ始め
柔らかな粒子に包まれた
直後には深沢の背に群れていたすべての蝶が地に落ちていた
幻影の毒気に充てられた蝶達の末路はあまりに惨めで
深沢はその様を表情なく眺めるばかりだ
「……全部、落ちちゃった……」
土に落ち動く事をしなくなった蝶々に
少年の動揺はひどく、その膝が折れた
「幻影は、どうして僕たちの邪魔をするの?どうして……」
蝶を直に掴みあげながら
向いて改めてみた幻影の傍らに、陽炎が居る事に気付く
「陽炎、何して……」
千切られ、そして粗雑に縫いつけられた羽根
動かしにくそうに、それでも陽炎は幻影の傍らへ
自身が番と認めたのは幻影だけなのだと言わんばかりに
二匹寄り添って飛んで舞う様は穏やかだった
「何で、逃げるの?待ってよ陽炎。僕を一人にしないで!」
懸命に手を伸ばし、逃げていく陽炎を捕らえようと試みる
だが手は届く事はなく
二匹は戯れながら、姿を消していた
「……ど、して。僕一人だ。寂しいよ……」
陽炎という拠り所を手に入れる事すら出来ず失い
伸ばした手は無意味に空気ばかりを掴む
「また、一人なんだ。一体いつまで一人で居ないといけないの?」
座り込み、小さく膝を抱えながら
一人呟くと徐に深沢達へと首を振り向かせた
「……いいよね。オジちゃん達は。お互いに想い想われてて。もう、僕の前から消えてよ。オジちゃんたち見てると自分がすごく惨めだから」
見せた顔には、涙
始めて向けられた少年のその感情に
深沢はゆっくり立ち上がると少年の前へと立ち
手を上げる
叩かれるとでも思ったのか、少年は堅く眼を瞑り
だが、その瞬間は訪れる事はなかった
優しく、手は頭の上へと置かれ
「少しばかり悪戯が過ぎたな。小僧」
深沢の手はこれ以上ない程に柔らかく少年の髪を梳く
思わぬ優しさを向けられ、少年は深沢を見上げた
だがすぐにその手を払って退け、涙は更に濃い物になる
「……子供扱いなんて、しないでよ」
それだけを拗ねたような口調で呟き、深沢へと背を向ける
何所へ行くのか、との深沢からの声に
「街の、中。ヒトに塗れていれば、寂しくはないから」
それだけを言い残すと、少年は町の雑踏の中へと姿を眩ませた
恐らく、少年は恐ろしかったのだ。
永遠を生きていく中で孤独すぎる事が
それ故に番に陽炎を求め、滝川を街の中へと引きずり込んだ
結局、望むものを少年は手に入れられないまま
また街へと迷いでてしまった
その事に、僅かに同情してしまう自身がいて
それでもこれ以上深追いなどしても得はない、と
深沢は滝川の手を引き踵を返していた
その直後
突然に視界が霞み始め、深沢の膝が崩れ落ちる
出血多量故の貧血だろうと、冷静な自己分析の後
それでも何とか立ち上がり、滝川の手を引いたまま家路へと着いた

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