《MUMEI》
フォトグラフ
 「ねぇ、臣くん。いつになったら遊んでくれるの?」
つまらなさそうな声が傍らから聞こえてきた
この台詞を聞くのも既に五回目で
ベッドの上で、惰眠を貪っていた日崎 臣は、駄々をこね始めてしまった子供へ
漸く起き上がり、困った風に笑って見せる
「お前、よっぽど暇なんだな」
その事を指摘してやれば、相手は素直に頷いて
「外、いい天気だよ。ね、あそぼ」
遊んでほしいのだ尚もせがんでくるこの少女
日崎の幼馴染である橋本 ちはるで
茶の色が強く、柔らかなくせっ毛をふわりなびかせながら
日崎の顔を覗き込んできた
相当に暇を持て余しているらしいちはるに
日崎は仕方なく身を起こすと上着を手に取った
「……どっか、行くか」
そう言ってやれば、ちはるは顔を上げ日崎を見上げる
自身の上着を彼女へと被せてやると、手を引いて部屋を後に
台所にて夕食の仕度をしていた母親へ、出掛ける旨を伝える
「出掛けるの?だったら、はい。これ」
そう言って手渡されたソレは、使い捨てのインスタントカメラ
これを一体どうしろと言うのか
小首を傾げる日崎に母親は
「そろそろ現像に出したいから、次いでに全部撮っちゃって」
と、何とも適当な物言いで
「別に無理して消費する事ねぇだろ。置いときゃいいじゃねぇか」
意図も伝えられず渡されたソレに、あからさまに怪訝な顔だ
「だってぇ。せっかくお出かけするんでしょう?」
「別に特別な場所に行く訳じゃねぇぞ?」
「それでも!ちーちゃんの可愛い写真、撮ってきてよ」
「何だよそれ」
「ちーちゃん、可愛いんだもの」
「それ、理由のつもりか?」
「あら、これ以上の理由がある?母さん、やっぱり女の子も欲しかったわ〜。アンタ飾ってもちっとも面白くないし」
「……悪かったな」
一人勝手に騒ぐばかりの母親は放り置き、日崎はちはるを連れ外へ
車へと乗り込むとさっさと家を後にしていた
「おばさん、何かいってた?」
母親の騒ぐ声が聞こえたのか、小首を傾げ
問うてくるちはる
半ば呆れ気味の日崎は、放っとけと返していた
宛てもなく車を走らせながら
何所か行きたい所はないかと問うてやれば
「行きたい所?そうだな……」
暫く悩み、そして
「海!ね、臣くん。私海に行きたい!」
とのおねだり
時期は1月も半ば、肌寒さも際立つ日だ
こんな日に海へ行き、一体何をしようというのか
日崎は何を取り繕う事もせずそれを問う
「このクソ寒いのに海なんて行って、お前何する気だよ?」
僅かながら怪訝な表情で返してやれば
「駄目?」
まるで叱られた子犬の様な顔
上目で見上げられれば、それ以上否を唱える事など日崎には出来なかった
仕方なしに、承諾するしかない
「……わかったよ、海な。そのかわり、寒いとか文句言うなよ」
「そんな事、言わないもん」
「絶対?」
多少、意地悪気にきいて返せば、絶対と改めて返ってくる
必死に言い募るその姿が可愛らしく
日崎はつい笑ってしまう
「臣くん?」
笑われる理由が分からない、と小首を傾げるちはるに
日崎は一言、何でもないを返すと車を走らせ始めていた
街中を走り抜けて行けば
見える様々なものにちはるははしゃぐ
あの店の食事は美味しかった、とか
あそこの服は可愛くてお気にいりなのだ、とか
日崎との外出が余程嬉しいのか、普段以上に口数が多い
その声に耳を傾けながら、日崎は穏やかに笑みを口元に浮かべたままだ
「着いたぞ、ちー」
車を止め、前を見るよう促してやれば
ちはるの目の前に広大な蒼が広がる
「海だぁ!」
車を降りるなり靴を車内へと放り出し
素足で砂の上へ
夏場には火傷をするかと思うほど熱を帯びるソレらも
冬の冷気に晒されれば冷たいソレでしかなく
ちはるは足取りも軽やかに波打ち際へと走って行った
「臣君、早く!すっごくキレイだよ」
大声で手を振りながらちはるは日崎を呼び
その心底楽し気な笑い顔についシャッターを切る
突然の音と光に、ちはるは瞬間間の抜けた顔で
その顔を、日崎は更にカメラに収めた
「お前のマヌケ面、ばっちり撮れた」
揶揄うように言ってやれば、
暫くの間を置いた後、ちはるの顔が段々と赤くなっていく

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