《MUMEI》

かばんを買おうと思った。


あたしのかばんは、誰かに切り刻まれていたのを思い出したから。



数歩前を歩く、二階堂くん。



深い色をした黒髪が、湿った風に揺れる。




『えみくん』って呼んだとき、彼は少しあたしを見てくれた。
…それが、すごく、すごく嬉しかったんだ。



水分の多い、透き通った瞳が、あたしの鼓動を速くした。

なぜか、どうしても名前で呼びたくなった。




あたしのことなんか気にも留めずに、前を歩くえみくん。



長い脚だなあ。



そんなことを考えながら信号待ちをしていると、信号が青に変わった。

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