《MUMEI》

足が、動かなくなった。


信号待ちをしていた人たちが一斉に動き出すと、
急に、足に根っこが生えたように、動かなくなった。


人の声が、雑踏が、あの声たちを蘇らせる。


ああ、朝と同じだ。



『死ネ』
『死ね』
『しね』


『コノヨカラ消エロ』



『アタシ、アンタノコトナンカ―…』



ああ、やめて!!


お願い、その続きは、言わないで―…


耳をふさぐために、手を持ち上げようとする。



でも、身体が言うことをきいてくれない。



『アンタノコトナンカ―…』



やめ て…!!










ふいに、手首を掴まれた。



そのまま前へ引っ張られて、
動かなかった足が、身体が、前へと進み出した。


糸が解けるように、するすると体中の緊張がほぐれる。




私の手首を掴んでいるのは、陶器のように白い、美しい手。

体温を殆ど感じない、冷たいけど優しい手。



見上げると、風に柔らかく揺れる漆黒の髪。





…私の手をひいてくれたのは、二階堂くん。





私を、あの声から救ってくれたのは、






えみくんだった。

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