《MUMEI》
「意味わかんねーンだけど」
おばさんは突然ハラハラと泣きだし、親父はそっとおばさんの肩を抱き寄せた。
弟はいつまでも無言で頭を上げない。
親父も口を閉じてしまった。
俺暫く3人を交互に見つめた。
∇
朝早く引越し業者のトラックがやってきて、CMで見たことのあるユニフォームを纏ったおじさん達が荷物を運び出した。おばさんの指示する声とおじさんの声がドアの外から薄く聞こえる。
俺はため息と共に雑誌を閉じ部屋を出た。
俺の部屋と向かい合わせにある弟の部屋をノックする。
すると数秒おいてそれは静かに開いた。
俺よりも遥かに大きな弟が姿をあらわした。二つしか歳は変わらない、まだ中学生なのにどこか俺よりも大人びていて、何故だか俺は時々、……ドキッとする事がある。
「見事に空だな」
カーテン以外何も無くなった部屋。
弟が使う前は親父の書斎だった部屋だ。
弟は窓際のカーテンに掴まりながら外を眺めだした。
俺は懐かしいものを見るかの様に辺りを見渡してから、弟に近づいた。
「な、昨日の話なんだけど」
すると弟は弾かれた様に俺の方を向いた。
「…はい」
そう言うと弟は切なげに俺を見下ろしだした。大きな黒目が揺らいでいる。
「意味違ってたらワりいンだけど、あのさ、好きって意味…あれなあ…」
昨晩必死に考えた。何度考え直しても答えはきっとこれしかないんじゃないかって思った。
だって普通に、兄弟として…、いや友人としての好きならば離婚しなければならない理由には絶対にならないだろう。
「…欲情する意味での、好き、です。
勇樹さんに初めて会った瞬間から抱きたくて抱きたくて堪らなくなった。
……そんな意味での、好きです」
「え?………」
好きですの台詞と同時に、俺の肩に弟の両手が乗せられて、目の前に影が出来た。
「……」
「………」
俺の唇に軟らかいものが触れてきた。
気がつくと弟は部屋を出ていた。
一瞬だけ、
唇が合わさって
一瞬だけ
抱きしめられて
そして俺は弟…
修平と他人になった。
俺が高校一年、もうすぐ夏休みに入る頃の出来事。
なんとも言えない複雑な心境だったのを覚えている。
蝉が煩く鳴いていたのを覚えている。
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