《MUMEI》
仮ノ姿ヘ
「紳士淑女の皆様、では、今宵は愉しく踊り明かしましょう。」

林太郎の手元には瞼までを覆う仮面が渡る。
中心となっているのは仮面を着けた誉だ。

明かりは薄暗くされ、客人は白く目元を覆い始めた。
微光に反射する仮面達が不気味で、林太郎も其のうちの中に入っていることに自己を嫌悪した。

林太郎には理解できない貴族の趣向である。

輪舞の曲に合わせて見知らぬ人と話したり踊り出したり、各々に愉しんだ。
何度か女性から近付いてくることがあったが林太郎は一定の距離間を保ち退散させてゆく。

気迫、凄みというものが林太郎には備わっていた。



慶一も林太郎と分かれると遠目でも分かる大柄な容姿に誰も近付きたがらず離れ小島になり、途方に暮れている。


林太郎は慶一と共に行動すると目立つことを識った。
仮面を着けた林太郎は人込みの中では一貴族に過ぎないのだ。
林太郎は人酔いを起こし庭へ夜風を浴びに行く。



庭に懐かしい芳香が鼻を満たした。
吐き気を催す。

薔薇の香りである。





闇夜に重なる花弁の深紅が背筋を凍らせた。

人間の臓物、血痕は其の様な色彩を帯びてはいやしなかったか
などど云う想像を膨らまされる。

拳銃の裂く様な爆音が鼓膜を燻り、薔薇の形状は何処はかと無く潰れた頭部を見せた。

畝る様な甘い毒に酔わされて、林太郎は覚束無い足取で樹の植え込みへと手を地に着けてしまう。

別荘での騒動が忘れられないからだ。

あそこの薔薇は秘密と生臭い地下の香りがした。

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