《MUMEI》

「何で変な顔してる時に撮るの〜!?」
ちはるの叫び声が広い浜辺に響いた
赤い顔のまま、叫ぶばかりのちはるに
日崎はやはり笑ったまま、宥めるかのように彼女の頭に手を置いた
「落ち着けって、ちー」
ゆっくりと指で髪を梳いてやれば、ちはるの表情が僅かに曇る
その表情に気付いた日崎が、どうしたのかと顔を覗きこめば
頬に、ちはるの唇が突然に触れてきた
その突然の行動に、日崎は当然に驚く
「ちー?」
顔を見やれば
朱に染まった頬の上を、一筋涙が流れ落ちて行った
「何、泣いてんだ?」
ちはるの涙に日崎の声は優しく、そして手は柔らかく頬を撫でていく
そうされて漸く、ちはるは自分が泣いている事に気が付いた
「あ、れ……?何で私泣いてるんだろ。おかしいな……」
今、ちはるの内にある感情は(寂しさ)で
四月になれば、日崎は就職しその職場の近くにアパートを借り一人暮らす事を始めるのだと、ちはるは日崎の母親から聞かされている
それは仕方がないことなのだとちはる自身理解はしていた
しかし
毎朝学校に行く時に、気をつけろという日崎の声が無くなる
自分の我儘に、困った様な笑みを浮かべながら、それでもいつも付き合ってくれる温かな存在が居なくなる
ソレはひどく、ちはるを孤独感に陥れていった
「臣君……」
最早自分でも感情を持て余してしまい
どうしていいのか解らなくなってしまい日崎へと縋りついた
「何でこんなに涙でるのかわかんないよ〜」
己の内にある感情を理解しながらも
やはりそれを持て余してしまう自身に、益々涙が止まらない
「ちー、落着け」
幼い身体を抱きすくめてやり
日崎の手が宥める様に背をなでる
「今生の別れって訳じゃねぇし、近所だぞ?そんなに泣くことねぇだろ」
「だって、だって……」
言って聞かすも泣きやむ様子のないちはる
ぐずるばかりの子供へ
日崎はため息を一つつくと、これで泣きやんでくれれば、と
ちはるの前髪を掻き上げ、額へとキスをしていた
「……小さな時からずっとずっと大好き」
子供らしい素直な告白がその直後
日崎は瞬間茫然とし、だが向けられる想いを素直に嬉しいと思う
口元が無意識に緩んでいった
ずっと子供だとばかり思っていたのに、心は徐々に大人へと変わりつつあった
色恋に涙してしまう程に
誰かを、何かを愛おしく思う事が出来る様になったのだと
日崎はちはるを抱く腕を更に強める
「……18になるまで待ってろ。迎えに、行くから」
耳元で低く呟いてやれば
「18?迎えに?」
ちはるは小首を傾げる
この幼い少女には、もっと分かりやすい言葉で、と
日崎は言葉を選びながら
「流石に高校卒業するまでは無理だろうからな。だから」
ここで一度言葉を区切ると
ちはるの髪を柔らかく撫でながら
「迎えに行く。一緒に暮らそうな」
結婚や、愛してるよりも分かりやすい告白の言葉
ただの幼馴染でしかなかった筈の目の前の少女が
特別に変わっていく瞬間だった
「……待ってても、いいの?」
日崎からの告白に、まるで確認を取るかの様にちはるは問うて
日崎は笑いながら
「お前の忍耐が保てばの話だけど」
少しばかり揶揄う様な言葉に
ちはるは慌てながら
「だ、大丈夫だもん」
懸命に言って返す
「本当に?」
と更に揶揄う様な日崎からの問いに
「本当に、本当だもん」
更に言い募るちはる
その顔はあまりに可愛らしいもので
日崎はまたカメラをちはるへと向けながら
自身に向けられる笑い顔を未来の約束に、と
写真を撮ったのだった……

フォトグラフ End

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