《MUMEI》

早い。早いよ七生君……。
どうやって来たのかな。


安西の住むアパートは103号室で、一階の入口側。安西のアパートから家までは1時間近くかかるのを七生は30分程度で到着した。

息を荒らげながらの七生声。ドアが開くと昨日のかっちりキメた頭の七生ではなく、天パでくるくるした七生だった。

俺もスーツを着ているが七生が弄ってくれた前髪はすっかり崩れてしまっている。


「あ、お茶どうですか?」

思いの外無言で見つめ合った俺達の空白に耐え切れずに安西が間に入る。


七生の手が勢い良く、俺に降り注ぐ。
打たれるのだと覚悟して目を閉じた。

振り上げる手の風を斬る音がした。
風圧で肌が圧される。

……が、痛みは無い。

殴られなかった?
あれ。
目を開けてみると七生の指先が目に掛かる前髪を流してくれていた。


「……いえ、帰りましょうか。」

穏やかな微笑み。
なんだか、平静な七生君だよ……。
それに、敬語を何故を使うのか。


「……ん。」

上手く話せない。

七生、俺の手を引いてくれない。
触ってくれない。


後ろの跳ねた毛先がふわふわ、風に揺れている。

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