《MUMEI》

――が、願い虚しく毎晩の様に荒々しくドアを開き侵入し、恵を息の根が止まる程に打ちすえ、罵倒し、髪を掴み引きずり回し、蹴飛ばし、時には首を絞めては、また一階に降りていった。

ようやっと就職し、帰宅が遅くなっても、父は恵をこの家の異端児と見なした様に、機嫌の悪い時もそうでない時も、必ず何らかの難癖を付け、執拗な暴力と罵倒を浴びせてきた。

次第に家にいる時間も、家族と顔を併せる時間も削る様になった。――苦痛でしかなかったから。

父は勿論、父に良く似た姉も、父の顔色を伺う母も・・・。

だから――こうして、食事は外で済まし、息を殺して玄関を潜り、自室へと逃げ込むのだ。

――いつまでこんなだろ・・・。

家を出る金等ない。

だが――時折、何処か遠くへ行ってしまいたくなるのは、家の事だけが原因ではない。

卒業後、フリーター生活の末に恵が就職したのは、都内の老健だった。
体力的にキツイ仕事である事は分かっていた。
ひきこもっていた間に不本意ながらも育んでしまった外界や対人に対する恐怖心を克服したくて選んだのだ。
資格も経験もない恵を、施設長は快く施設に迎え入れてくれた。

――が、予想以上にキツイ業務内容に、体はすぐに音を上げた。

先輩達は若いが古参が多く、施設開設当初からのメンバーばかりで、恵は早々に浮いてしまった。
古参同士仲が良く、愚痴を言い合ったりしていたが、恵がそれに加わる事はなかった。

――業務は時間との闘いで、一つの業務に時間が掛かると全体が遅れる。

恵は、必死にやっているつもりでも、慣れない食事・排泄の介助に戸惑い、時間が掛かった。
時間が掛かると、先輩達の態度があからさまに不機嫌になり、恵が話し掛けないかぎり、口を聞いてくれる事のない先輩もいた。

家でも職場でも、恵は孤独だった。

土台要領の悪い自分に、きっとこの仕事は向いていないのだと思う。

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