《MUMEI》

――が、就職難の御時世やっと有り付けた職を辞める勇気もない。
辞めれば、また自室に籠もらされる毎日に逆戻りだ。

恵は今日の出来事を思い出す。

昼食介助中、中々口を開かない利用者にイラついた恵のスプーンを握った手は、自然と利用者の口元にスプーンを押しつけてしまっていた。
嫌がる様に顔を背ける利用者と、周囲の先輩達がサクサクと食事介助を終えて、排泄介助に向かう状況が、更に恵をイラつかせた。

焦って食事介助を進めようとやっきになっている所を主任に見つかり、こっぴどく叱られた上、ワーカー(介護職員)リーダーに心底呆れ果てた顔で、『もういい』と告げられ、排泄介助に向かおうと場を離れた時、誰かが聞こえよがしに言った言葉――。


――こんな事も出来ないなんて・・・。

心臓を抉られた気がした。

やっとの想いで涙を堪えながら排泄介助に向かった。

惨めな悔しさで一杯になりながら思った。

――自分は一体何なのだ。

家にいても外に出ても状況は何一つ変わらない。
どころか、どんどん落ちていく。

父が毎晩呪いの様に吐いた言葉が蘇る。



『お前に救いなんかない』


――何処か

何処か遠くへ行ってしまいたい。

自分を受け入れる事のない――この世界から逃げ出したい。

自分が『異端』なのは『家』ではない。

――この世界なのだ・・・。


恵は、とめどなく流れる涙を拭う事すらなく目を閉じた。
























――どのくらいの時間が経ってしまったのだろう。

いつのまにか眠ってしまっていた様だ。

一階からのTVの音は聞こえない。
恐らく、皆就寝してしまった時刻だろう。

渇いた涙で引きつる様な肌を擦り、身体を起こした時――。

(・・・え・・・?)

――歌、だ。

歌が聞こえる・・・。

恵は、ぎょっとして携帯を見た。

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