《MUMEI》

青天が部屋を出ると、焔星は笨重の差し出した桃を、ヤケクソの様に一切れ口の中に放り込んだ。

指を舐め、恵を見るが、目が合うとやはり横を向いてしまう。

(・・・何、コイツ・・・)

――ヤな感じ・・・。

恵も、つん、と横を向く。

青天は直ぐに戻ってきた。

「紹介しますね、恵」

青天は、木製の車椅子らしき乗り物を押しており、それに一人の小さな老女が乗っていた。

老女は、相当高齢らしく、ころころと太っていて、頬の肉等、落ちてしまいそうな程垂れ下がっている。
目は、ぱっちりとした二重で、唇は正面から見ると雀の觜の様な形をしていた。
どこからどう見ても『可愛いおばあちゃん』だ。

青天は紙にさらさらと、『鶴太太』と書き、恵に見せた。

「鶴太太(ホータイタイ)、です。大人が、知人から預かっている御婦人です。
挨拶してあげて下さい」

(・・・職場の、利用者みたいだ)

恵は初出勤の際、職場の先輩に教えて貰った通りに膝を折り、鶴太太に目線の高さを合わせた。

『笑ってあげて』

不本意ながらも、先輩達の言葉を思い出す。

『介護接遇のマナーはね、笑顔が一番大事なの。
特に初めて施設を利用するお年寄りは、不安の方が遥かに大きいの分かるでしょ。初めに職員が見せる笑顔って、すごく重要なのよ』

(笑って・・・)

にっこり

「・・・初めまして、恵です」
「・・・ア゙ー・・・」

鶴太太は、喉に痰が絡んだ様な、皺枯れた声を出して恵を見た。

「ア゙ー・・・」

涎を垂らしながら、口を大きく開けて赤ん坊の様に笑う鶴太太を見た時、恵はハッ、とした。

(この人、まさか・・・)

「好好・・・、御機嫌だなぁ、鶴太太」

大人が、手拭いで鶴太太の涎を拭いてやる。

「あの・・・、このおばあちゃんもしかして・・・病気、とか?」

言い難そうに、恵は問うた。

「病気?」

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫