《MUMEI》

「あの・・・だから・・・、認知症、とか・・・?」

思わず『認知症』と言ってしまったのは、他ならぬ恵自身が、認知症棟の職員だからだ。

恵の勤務する老健は、病院に併設されていて、一階がデイサービスになっている。
二階・三階が入所施設で、三階は認知症棟だった。

恵自身、入ったばかりの職場だが、鶴太太は職場の利用者を彷彿とさせる。

「『認知症』・・・?」
「・・・『痴呆』(チーダイ)の事でしょうか」

焔星と青天が顔を見合わせる。

『痴呆』と書いた紙を、好象大人が恵に差し出した。

「チーダイって、読むんですか?」
「日本語では・・・ちほう、だったかな?」
「はい・・・でも、今は名称が変わって認知症って言うんです。
この痴呆って字は、もう使わなくて・・・」
「好好、なるほど」
「チー・・・認知症と言えば、鶴太太も当てはまらないとは言えませんね」
「好――認知症か。巧い事付けたモンだ。
確かに、鶴太太は物事の認知能力が衰えてる」
「身体もです。筋力が低下していて、立位もとれませんし、よくむせます」
「待って下さい」

堪らなくなって、恵は声を上げた。

「あたし・・・あたし、出来ません。無理です」

一同の視線が、恵に集中する。

「出来ない・・・?」
「でも・・・恵は看護人でしょう?」
「だって、あたしまだこの仕事に就いたばっかだし、知識も浅いし・・・」
「・・・・・・」
「し、職場でも・・・、あんま、役に立ってないってゆうか・・・」

――自信がなかった。

自分が今の職に合っていない事は、嫌って程思い知っている。

嫌がる利用者の口に、食物の乗ったスプーンを押しつける様な自分には、きっと無理なのだ。

「駄目・・・無理だよ・・・」
「――やりもしないウチから戦線離脱か」

焔星が、又鼻で嗤った。

恵は、思わず焔星を睨み付けた。

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