《MUMEI》

その言葉に、恵は顔を上げた。

黒い髪、黒い衣服。

その中で一点だけ色彩を放つ深紅の瞳・・・。

その瞳が、今度は逸らされる事なく恵を見つめている。

「好好・・・恵、こっちへおいで」

好象大人が、恵を手招きした。

素直に歩み寄ると、好象大人は恵を小さな子どもを扱う様に、膝に座らせた。

「人にとって、悔しいと思う気持ちってのはな、確実に己を成長させ、育て、鍛え上げていくモンだ。
お前さんはな、今その気持ちを曝け出した事で、確実に自分の回りにある見えない壁を一つ打ち壊した」
「見えない・・・壁・・・?」
「好。人は誰でも、自分の周囲に壁を作ってしまっている。しがらみ、体裁、防衛・・・それが、その壁の正体だ。
悔しいと思わない人間は成長しねぇ、強くなれねぇ。
だが、お前さんは今悔しいと思った。今のお前さんには、それだけ力が備わっているって事だ。
あがく事はな、みっともねぇ事じゃねぇ。この世にはな、カッコ悪ぃカッコ善さってのがあるんだ。
今のお前さんには、絶対的な可能性が∞にある」

好象大人は、恵を見て微笑んだ。

「今のお前さんになら、出来る事もある」
「・・・あ、たし・・・に?」

――あるの?

本当に?

いつも叱られて、呆れられていたあたしにも・・・?

『絶対的な力』が――?

恵は、好象大人を見た。
好象大人は、やはりにこにこしながら恵を優しく見つめている。

(・・・『優しいお父さん』って、こんな感じなのかな・・・)

当たり前の事かも知れないが、恵は『父親』と言えば、あの暴力的な父親しか知らない。

安心できる大きな言葉と温もりが、恵に確かに力を与えてくれた様に思えた。

(・・・『お、と、う、さん』・・・)

「あの・・・」
「ん?どうした、どうした」

好象大人は、泣いている子どもをあやすかの様に、膝をユラユラと揺すった。

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