《MUMEI》
もう一人の静
人がいなくなると俺は、頼の袖を引っ張ってある方向を指差した。


実際にはまだ用意されていないが、そこには飲み物が用意されていた。


『わかりました。知らない人にはついて行ってはいけませんよ』


俺は無言で頷き、頼の背中を押した。


『こんばんは』


そのすぐ後に現れるのが


もう一人の静


志貴が演じる藤宮(ふじみや) 静だった。


俺は、その極上の微笑みに、口を開きかけ、慌てて閉じた。


『今日は美しい満月ですよ』


そう言って志貴は、俺を立たせた。


(どこで覚えるんだ? こんなの?)


そのまま、俺は志貴の優雅なエスコートで、バルコニーに移動する。


バルコニーのセットはこれから橋本君が作る。


『ほら、美しいでしょう?』


志貴の言葉に俺は頷いた。

『でも…』


志貴の手が、俺の頬に触れた。


俺は、慌てて下がる。


『あ…失礼』


そう言って、志貴は何故か自分の手を不思議そうに見つめた。


『静様!どこですか?』


頼の声に慌てて移動する俺の背中を見ながら、志貴が呟いた。


『何を考えているんだ…私は…』

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