《MUMEI》 涙の理由「松本!」 俺は、下駄箱の前で松本に追い付いた。 「田中、先ぱっ…っ」 松本は涙を流していた。 (…傷付くよな、普通) 今はもう五月の終わりで、入学式から一ヶ月以上経っていた。 それなのに、厳は松本の顔と名前を覚えていなかった。 …同じクラスの、松本の、顔と名前を。 「…」 追いかけてきたはいいが、俺は松本にかける言葉が見つからなかった。 「…帰ります」 うつ向きながら、松本は靴を履きかえた。 「あ…うん」 俺は結局何も言えないまま、松本を見送った。 「ダメだなあ、俺」 「何が?」 … (この声…) 俺は、恐る恐る後ろを振り返った。 「さっきの子、祐也と同じ図書委員よね」 そこには、鋭い目をした志貴が立っていた。 (しまった) 俺は、松本が気になり、志貴の演技も見ずに飛び出してきたから、何も言えずに固まった。 「固まってないで、説明してもらうわよ! ちゃ〜んと、ね!」 「… … ハイ」 そして俺は、体育館に戻り、部長と部員達に何度も頭を下げた。 諸悪の根源の厳は、何もわからずにそんな俺を不思議そうに見つめていた。 前へ |次へ |
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