《MUMEI》
嫌いな季節
春は、嫌いだ。


特に三月は。


十三日は、最低最悪の日だ。


俺が旦那様に求められて、逃げ出した日


清也様の命日。


(何だよ、…何なんだよ、これは!)


そして


父が手紙で知らせてくれた

ある赤ん坊が、屋敷に来たのも、俺が十五歳の時の


三月十三日の事だった。


(『田中(たなか)、祐也(ゆうや)』…だと!?)


その名前がどれ程価値のあるものか、俺はよく知っていた。


田中は、生まれ変わった姫華様の新たな姓


そして、祐也は、旦那様の名前と同じ漢字


元々、春日の男子には『也』の字を付ける風習がある。


その字を与えるだけでも特別なのに、更に自分の漢字をそのまま当てはめるなんて…


気付くと、俺は手紙を握り潰していた。


(どうせ、…こいつもいずれ捨てられるんだ。

きっと、ただの気まぐれだ)


そう自分に言いきかせても、まだ見ぬ存在の、その名前を思い出すだけで


俺は、激しく嫉妬し


旦那様に対しても怒りがこみあげていた。


高等部に上がり、四月生まれの俺は早々に十六歳になったが、その感情を毎日持て余す日々が続いていた。

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