《MUMEI》

林太郎は噎せ返る香りに吐き出した。

胃液が咥内を巡らし、唾液を漏らさんと口を真一文字に結んだ。
毟らんばかりの力で葉を握る。

掌の中に葉以外に柔らかな触感を得た、絹である。
黒い、絹だった。


彼女は肌をより多く覆い隠す面積の広い黒い絹の夜会服を身に纏い、更に長い末広の袖で口許を隠していた。
さながら、闇の使いだ。

仮面が対比し強調されていて、白い其れに余計に林太郎は目が行ってしまうのだった。


仮面と同化する雪肌に紅が艶かしく彼女の唇を彩る。

あれ程に怯えた薔薇の園は彼女の圧倒的な存在感により一掃された。


「貴女は……」

林太郎は漆黒の女の裾に指を伸ばす。
其の不確定な躰に触ることで同じ人間で在ると確固たる証拠が欲しかった。

彼女の裾は美しく、絹は指先に染みながら滑る。
肌に触れることを望んでしまい、頬を撫でて仕舞う。
手の甲に雫が滲みる。
彼女の陶器の如く眩しい頬から粒が次々に零れた。

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