《MUMEI》
遅刻
昌は先にこだま達の中へと吸い込まれた。
気持ちがみるみるうちに晴れやかになる。馬鹿になるのにも似た感覚。
忘れてく、何もかも。
そう昌は望んでいた。
消えてしまいたい、と深く深く切望している。
いつもはただの追いかけっこをしているだけだったが、今日は不思議と一体感がある。手を繋いでこだま達と輪になって
いつまでも
いつまでも
廻り続けていた。
――――チリン………。
鈴の音が鳴る。
正平はすっかり遅刻して、真っ暗になってしまった。
昌はまだ土の底にいる。
「昌兄ちゃ〜ん帰ろうよう」正平は木々の間を歩き回り鈴を鳴らした。
空は紫色でとうに帰る時間を過ぎていた。
正平は不安になる。
「兄ちゃん!」
喉が割れんばかりに叫んだ。鈴を持つ右手が荒々しく空を飛び交う。
走り回って木の根の隙間まで探した。
「帰ろうか」
いつの間にか昌は正平の後ろに立っていた。
蜃気楼のように音も無く揺らめいている。
正平は昌に飛び付いた。
「…どうしたの?」
昌は正平の背中を二、三回軽く叩いてやる。うっすらといつも通りの笑顔。
「…あほ。…………あほ〜う!」
喉の痛みも忘れて、正平は昌の腹辺りを思いきり叩いた。
秋風に鳥肌が立つ。
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