《MUMEI》
サクラ ドロップス
 狭い視界に、ひらりひらりと彩りが写り込んできた 
降って舞うのは薄紅の桜
穏やかな季節の訪れを知らせるその花が咲いた事に、中原 和希は訪れていた病院の中庭で気が付いた
「……もう、こんな季節か」
色花に降られながら、その彩りを暫く眺めてやろうとその根元へと腰を降ろす
木の幹に身を預ければ
心地のよい日光の温もりに包まれその場で転寝を始めてしまっていた
寝に入った、その直後
「こんな処で寝てると風邪ひくよ」
可愛らしい声に起こされた
ゆるり眼を開けば、そこには入院患者らしき寝間着姿の少女が暫く中原をまじまじと眺め見た
「……左の眼、見えないの?」
包帯で覆われている中原の左眼に、少女の顔が僅かに曇る
その通りだった
幼少の頃に事故で眼球を傷つけてしまって以来、左の眼はほとんど見えなくなってしまい
白く濁ってしまった眼を隠す為に、包帯でそこを覆うのが常になっていた
その姿は、他人にはひどく痛々しく見えるらしく
向けられるのは常に同情の念だ
「別に、お前には関係ねぇだろ」
中途半端な同情など煩わしいモノでしかないと、中原は服に付いた砂埃を手で払いながら立ち上がって
少女に一瞥すらくれてやらず背を向けていた
「ま、待って!」
歩いて去ろうとする中原
その背を追いかけようと少女は走り出して
次の瞬間、中原の背後で咳の音が聞こえ始める
空気が喉を擦って出る様な音を立てながら浅い呼吸を繰り返すばかりの少女に
流石の中原も放り置いていくことなど出来ず
通りすがりの看護師を呼んで止めていた
「唯ちゃん!?大丈夫!?」
どうやら顔馴染みらしく、慌てた様子で駆け寄ってくる
状況を説明してやればすぐ様医者が呼ばれ、少女は病室へ
中原も、少女の事が気に掛ったのか、後に付いて歩く事を始める
然るべき処置が施され、落ち着きを取り戻した少女を見、中原は胸を撫で下ろしていた
もう大丈夫だと医者は中原へと告げると部屋を辞して
後には、少女・唯と中原、二人だけが残る
穏やかに寝息を立て眠る唯
中原はどうしてか、唯が目覚めるまで傍に居てやろうとベッドの脇へ腰を降ろしていた
降っては散る桜の彩りを眺め
座ったばかりでまた立ち上がった中原が窓を何気なく開けば
吹き込んでくる春風が、桜の香りと花弁を室内に運び込んできた
「……私ね、今の時期が一番好き」
穏やかな日光に歩を撫でられたのか唯が目を覚ます
ゆるり身を起こすと窓の外へと視線を移して
降る薄紅に見入っていだ
その横顔は何となく寂し気に見える
「……私の身体がもう少し丈夫なら、色々な事、出来たのに」
ぼそり一言呟いた声
中原へと向いて直ると唯は自身の事を話し始め
「私、小さい頃から喘息持ちなの。最近、少し調子が悪くて。だから、ずっと入院」
辛そうな笑い顔を浮かべながら話す事を続ける
「同じ年の子たちがしてるような事、色々したいのに」
「例えば?」
「友達と遊びに行ったり、買い物したり。あと」
途中、言葉を区切ると
開いた窓から入り込んでくる桜の花弁を掌に受け止めながら
「素敵な人と、デートしたりとか、したいのに」
中原の方を見やりながら唯は顔を朱に染める
向けられる可愛らしい乙女心に、中原は唯の頭を掻いて乱して
ソレを暫く続けた後、唯の身を横抱きに抱えていた
「な、何?」
突然の事に驚いた様な唯
脚が宙に浮き、不安定になってしまった身を支えるため、中原の首へと腕を回す
「お前の望み、叶えてやろうか?」
「え?」
「だから、デート。病院の敷地内でなら、問題ねぇだろ」
口元に笑みを浮かべながらの中原の言葉に
唯は嬉しいのか、顔を綻ばせ頷いていた
デート場所は中庭
途中で会った看護婦にそこへ行くことを伝え外へ
相も変わらず降ってつもる色花に互いが見入る
「やっぱり、綺麗」
唯の言葉に、中原もそれは同じで
腕から唯を降ろしてやると木へと登り始めていた
ある程度まで登り、唯へと手を差し出す
「上がれそうか?」
発作を起こした身には辛いだろうとは思った
だが唯は大丈夫だと中原の手を取って木の上へ
「……すごい」
下から見上げるのとは全く違った景色に感嘆の声がもれる

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