《MUMEI》
始まりA
お昼休みになると、生徒たちはがやがやとそれぞれの食事場所へと移動する。佐々木もその一人だ。

「おーい、了。屋上いこうぜ」「おう、待ってて」

かばんから弁当を取り出して立ち上がる。その時、転校生が視界に入った。

「なぁ、お前も一緒にお昼食べに行くか?」
「…え?」

弁当の蓋を開けようとしていた手の動きを止めて、小城が佐々木を見上げた。
初めてしっかりと見た小城の黒い目が、綺麗だなと不意に佐々木は思った。

「そうだよ、一瞬に食べよう」
友人の一人、香織が手招きして明るく言った。
小城はしばらく視線を伏せ、そして決めたように顔を上げて頷いた。

「よし。屋上だけど、構わないか?」

佐々木が笑んで言った。

「いいよ、屋上で」

そうしてみんなでぞろぞろと屋上への階段を昇る。錆びているドアをあけると、ここちよい風が佐々木たちの頬を撫でた。

「夏や冬は中だけど、俺達はいつも屋上で食べるんだ」
「春には、桜が綺麗なんだよ」
佐々木の言葉の次に、香織が金網ごしに校庭の桜の樹を見て言った。桜の樹は、今は葉をはらはらと落としているだけだ。

「そうなんだ」

小さく笑い、小城は校庭を見下ろす。
その横顔を見ながら、佐々木は言う。

「小城は、桜は好きか?」

何気なく聞いた一言だったのに、小城の瞳が一瞬だけ曇った気がした。

「小城…?」
「普通だよ。桜って、綺麗だよね」

佐々木の言葉を遮るように、小城は軽く笑って言った。
そうだよね。了も好きでしょ。と言う香織の声が聞こえたが、答えることは出来なかった。

見てはいけないものを見た気がしたのは、それこそ気のせいだろうか。



秋の木枯らしの香りを乗せた風が、佐々木の小城の間に流れた。

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