《MUMEI》
抱かれたい
みゆきは、受付にいた。
彼女はネットカフェで働いている。親友の純や梓も一緒だ。
「いらっしゃいませ」
みゆきは明るく挨拶した。
よく来る客だ。野性的で、精悍な風貌。
渋い雰囲気。いつもスーツを着ているが、ビジネスマンには見えない。
眼光は鋭く、声がたまらない。ややハスキーだが語り口はソフト。
女性には優しい感じが、日頃のさりげない振る舞いの中にも現れている。
「会員カードをお預かりします」
フルネームを知れるのは、店員の特権だ。
赤坂勇。
みゆきは笑みをつくり、赤坂を見つめた。
「お席はどちらになさいますか?」
「103番」
「かしこまりました」
「あとハヤシライス」
「ありがとうございます」
みゆきは赤坂勇に伝票と会員カードを渡した。
「ごゆっくりどうぞ」
赤坂を目で追うみゆき。
「惚れた?」
「わあ、びっくりした!」
純だ。
「年上好みなんだ、みゆき?」
「いいじゃない」
「50歳だったらどうする?」
「うるさい!」みゆきは純を睨んだ。「30代でしょ」
ハヤシライスができた。
梓が運ぼうとしたが、みゆきに渡した。
「行ってきな」
「あ、ありがと」みゆきは照れた。
彼女はハヤシライスを103番の席まで持っていくと、ドアをノックした。
赤坂がドアを開ける。
「ハヤシライスお持ちしました」
憧れの眼差し。
「どうも」
赤坂は普通に受け取る。
「ごゆっくりどうぞ」
緊張した。みゆきは思った。この緊張感は、まさか恋?
みゆきは、いろいろ考えた。
独身だろうか。奥さんや子どもがいたらショックだ。
年齢は関係ない。
みゆきは、独白が止まらない。
赤坂は夜来たり、朝来たり、きょうのように平日の昼に来ることもある。
仕事は何をしているのだろうか?
趣味は?
好きな女性のタイプは?
(ああ、抱かれたい…)
そんなことを妄想していたら、赤坂が伝票を持って受付カウンターに来た。
みゆきはどきまぎした。
赤坂勇はいつも1時間以内だ。長くはいない。
「800円になります」
赤坂は千円札を出す。
「1000円お預かりします。200円のお返しです」
赤坂と手が触れた。
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしています!」
赤坂は帰ってしまった。
「ふう」
深呼吸するみゆき。後ろにいた純と梓がからかう。
「みゆき。何か警部って感じしない?」
「みゆき、赤坂さんが警部だったらどうする?」
みゆきは真顔になった。
「職業は関係ないよ」
「関係あるよ」純がしつこい。「みゆき、マル暴担当だったらどうする?」
「うるさい」
翌日。
みゆきと純と梓は休みだった。
三人は喫茶店で会話が弾んでいたが、みゆきが急に真顔になった。
「午後からちょっと出かけるとこあるから」
「嘘、もう赤坂さんとデート?」純が言う。
「違うよ」
みゆきは声のトーンを落とした。
「実はさあ、産婦人科にちょっと」
「産婦人科って、何?」
「違和感があるのよ」
「アソコ?」
「声が大きい」
みゆきが怒った。
しかし二人は心底心配した。
「みゆき、何かあった?」
あの夜。汚い手で触られたのが原因か。
「別に、何もないよ」
「何もなかったのに産婦人科はちょっと哀しい」
「うーるさい!」
みゆきが純の頭を殴る格好をした。
「それとも独りプレイで…」
「それ以上喋ったら泣かすよ」
みゆきはアイスコーヒーを飲みほすと、席を立とうとした。
「ところでみゆき、どこの医院に行くの?」
「Sクリニック」
すると、純と梓は顔を見合わせた。
「やめたほうがいいよ、みゆき。あのクリニックは変な噂よく聞くから」
純の顔はふざけていない。みゆきも聞く姿勢に変わった。
「あのクリニックって、意地悪ドクターがいるって話よ」
「意地悪ドクター?」
「膣内洗浄と言いながら敏感なところを攻めて若い主婦を困らせたり」
みゆきは二人の話に聞き入った。

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