《MUMEI》
冒険気分
純が言った。
「若い主婦は狙われるのよ。ましてやみゆきなんか23の独身女性。絶対いじめられちゃうよ」
「いじめられる?」
みゆきの質問に、梓が答えた。
「両足を固定されて、医者の目の前で下半身は無防備なわけよ。みゆき、もしもクリトリス攻められたら困っちゃうでしょ?」
「バッ…」
みゆきは赤面しながら周囲を見回した。
「バカ、表現が露骨よ」
「クリトリスはクリトリスでしょ。ほかに代わる言葉は、クリちゃん?」
「もういい!」
みゆきは呆れ顔で諦めた。
「でもさあ」今度は純が興味ありげな笑顔。「クリニックなんかで感じてきちゃったらピンチよね」
「純」みゆきが怖い顔で睨む。
「みゆき、どうする、イッちゃう寸前まで追い込まれたら?」
みゆきは目を丸くした。
「バカ純、何て恥ずかしいこと口にしてんの!」
「イクくらい普通じゃん」
「ねえ」
二人は同意している。みゆきは思わず自分がおかしいのかと思った。
「とにかく、教えてくれてありがとう」
みゆきは喫茶店を出た。
悪どい医師がいるものだ。
みゆきは道を歩きながら想像した。
女性は医師を信じて裸にもなるし、下半身を晒す。
それなのに趣味と実益を兼ねるなど最低だ。
しかし…。
みゆきはさらに妄想した。
診察室なんかでそんな目に遭わされたら、女性はたまらない。
わざと敏感なところを攻められて、本気で感じてしまって、耐えられなくなっても、女の口から感じてしまったとは絶対に言えない。
それはそれは困り果てる。
みゆきは妙な気持ちになってきた。
自分がそんなピンチに追い込まれたら、どうするか?
「いけない。何考えてんだろ、あたし」
ましてやみゆきのように初エクスタシーは恋人に捧げると決めている女の子なら、なおさら大ピンチではないか。
しかし逆にスリリングだ。
イカされてしまったらアウトというスリルに身を置く。
この冒険気分を味わいたいという女のいけない願望も、みゆきは理解していた。
ただ高い理性が危険な行動を抑えている。
「でもなあ」
みゆきは知らず知らずそのクリニックに足が向いていた。
最後に愛撫されたのが不破野という事実をまず消したい。
それと、リベンジの意味もあった。
つまり、好きでもない男にテクニックで落とされてしまう情けない女なのかどうか、もう一度確かめたかった。
みゆきは胸の鼓動が高鳴る。
あの夜不破野は、自分が寝ている間に変な注射を打ったかもしれない。
みゆきの妄想は膨らむ。
感度が10倍になる薬を打たれた女が拷問される。
少女漫画で見た記憶がある。その女はかわいそうにメロメロにされてしまった。
みゆきは笑みを浮かべた。
「アイツ医者だし、絶対そうよ」
でなければ、あんなに感じるはずがない。
みゆきは勝手に確信した。
「卑怯なことする」
みゆきは魔が差したのか、クリニックに入った。
医者に何されても理性で跳ね返してみせる。
(何もされなかったら哀しい…)
タイプでなければ意地悪はしない。それが男というもの。
みゆきは笑いをこらえて受付に病状を話した。
用紙に質問事項を記入し、提出する。
少し待つと、診察室に通された。緊張の一瞬だ。
どんな男かと顔を見たら、心臓が止まりそうなほど驚いた。
不破野だ!
みゆきは蒼白になったが、次の瞬間毅然とした態度をとり、イスにすわった。
本当のリベンジになってしまった。
不破野はナースの前でとぼけた。
「えーと、アソコがいたかゆい感じ?」
「あの夜の翌日くらいからですかね」
みゆきは早くも挑発のジャブ。
不破野は真顔だ。
「皮膚炎かもしれないので、全身を見ましょう」
全身と言われてみゆきは身構えた。
「全部脱いでベッドの上にうつ伏せに寝てください」
「全部ですか?」
「恥ずかしいならほかの病院へ行ってください」
みゆきは不破野を睨んだ。
(望むところよ!)

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