《MUMEI》
再会から始まる
「久しぶり」
「…お久しぶりです」
そんなもっとな言葉を吐いた後二人黙ってしまった。
距離にしてTメートル。
見上げなければ表情を窺い知る事は出来ない。
何故か顔を見る事が出来なくてちょうど正面に見えるネクタイの結び目を見る。
自分とは違う厚そうな胸板。この中に数秒入り込んだ記憶、あの時の温もりが蘇り、俺はきつく唇を噛んだ。
片手に持つカゴの取っ手が重みで痛い。ちょっと手の中で取っ手の位置をずらし持ち直す。
「あ…」
修平は俺から自然な動作でカゴを奪った。
「いいよ、大丈夫だよ」
「他に買う物は?」
「……」
「……」
「…ない」
「了解」
修平は俺が阿呆みたいにドリンクを詰め込んだカゴをレジまで持って行き、台に乗せた。
俺は会計を済ませ、するとその荷物は修平が持った。
「あ、大丈夫だから」
「カゴ持ちながらふらふら歩いてた人が家まで持って帰れます?」
「……ふらふらって……ふらふらしてた?」
「かなりしてました」
「かなりって…」
その時点で初めてまともに修平の顔を見た。
すると…、少し照れ臭そうに笑い、そして正面に視線をずらした。
トクン……、
胸に甘い刺激が走る。
俺の前を歩く修平。
無言のまま二人歩き続ける。自宅に着くまでの間コンビニが二軒あって、そこを通る度、ここで買えば良いのにって内心思われてないか気になったりもして。
自宅の門の前に着くと修平は初めて振り返り、俺に荷物を差し出してきた。
「ありがとう」
「いえ、」
受け取った荷物がずしりとくる。
修平はにこりと笑い、じゃあと言った。
Tメートル
2メートル
3メートル…
「修平!!」
離れた距離。それ以上、離れたら、離したらいけない気がした。
振り返る事もない。しかし距離はこれ以上離れる気配もない。
距離を縮めるのは俺の意思に委ねられている……。
荷物は無造作に音を立て、地面に落ちる。
俺は荷物の代わりに修平の制服を掴んでいた。
「…ずるい」
「……」
「…修平、ずるい…、馬鹿……」
胸が切なくて呼吸が苦しい。
「返せ、キスしたの返せ、俺の心返せ」
今気がついた。
あの日修平は俺の心を奪い、そして出て行ったんだ。
おかげでずっと誰も好きになれなかった。切ない気持ちを味わう事がなかった。
「勇樹さん…」
震える小さな修平の声。
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