《MUMEI》
最初の逃走
 すさまじい音と、肌を焦がすほどの熱風がユウゴの体を包む。
(……息が出来ない。マジで苦しい)
ユウゴは必死に体を丸めて堪えた。

 やがて辺りが静かになり、ユウゴはそっと顔を上げた。
 目の前には小さな瓦礫の破片がいくつも転がっている。
 黒かったアスファルトの道は白い塵に覆われていた。
ユウゴはゆっくり立ち上がり自分の手足を確認する。
 体に異常は感じられない。
 顔や腕などに擦り傷があったが、このくらいですんでよかったと本気で思う。しかし、耳がよく聞こえないようだ。
 頭を振ってみるが、治らない。
 そのよく聞こえない耳に、遠くから声が聞こえてくる。
ユウゴは声のする方を向いた。
 手に斧や鎌を持った男たちが何やら叫んでいる。しかし、その顔はユウゴを見ていない。
必死に上を見上げているのだ。
 ユウゴも同じように上を見上げた。
「……なんだ、これ?」
 呆然と呟くユウゴの視線の先には、ちょうど真ん中辺りの階が潰れたビルがあった。
 潰れた階からは黒い煙りが立ちのぼり、小さな爆発が何度も起きている。ビルはいつ倒壊してもおかしくない状態だ。
「どうなってんだよ」
 上を見上げたまま、後ずさりするユウゴは、何かにつまずいて尻餅をついてしまった。
「いってぇ……?」
 瓦礫につまずいたと思ったユウゴは地面に転がったそれを掴んだ。
しかし、それはやけに細長く、掴みやすい大きさだ。
「ん?」
 ユウゴはそれを持ち上げてみる。
「な、んだよ、これ!!」
 叫んで、ユウゴは手に持ったそれを遠くへ投げ捨てた。
 一回バウンドして転がったのは、人の右腕。
 肘から下の右腕は黒く焼けただれた服を纏わり付かせ、集まっている鬼たちの近くで止まった。

「あ、やべ」
 鬼は、腕が投げられてきた方向へ一斉に顔を向けた。
「いたぞ!」
「獲物だ、獲物がいたぞ」
「どけ、俺がやる」
 口々に怒鳴りながら、彼等は走り出した。
 その直後、再び爆発が起き、鬼たちのどよめきが聞こえた。
「おいおいマジかよ、勘弁しろよ」
 まるで予想外な出来事だ。まさか、ビルが爆発するとは。
 支給品の中に手榴弾でもあったのか。
 ともかく、今は鬼をどうにかすることが先決だ。

 走りながらユウゴは後ろを振り返った。
 数人の鬼が、まさしく鬼の形相で追いかけてくる。
そのいずれも中年の男。
 持っている武器はどれも飛び道具ではないようだ。これなら、すぐに逃げ切れる。
 中年の彼らが運動不足であることは一目瞭然。
すでに息は切れ、足ももつれ気味だ。
 ユウゴはニヤっと笑いながら徐々にスピードを上げていく。
「ま、まて!この野郎」
 苦しそうな声が後ろから聞こえる。
「待つかっての」
 小さな声で応えながら、ユウゴはどんどん鬼たちを引き離していった。

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