《MUMEI》
‐陸‐
濡れさせちゃったけど‥

沈む前に間に合って良かった。

『──ただの偶然』

さっきそう言ったけど‥

本当は偶然なんかじゃない。

小坂が河原に行くのを見掛けて‥

ずっと後ろを歩いてたんだ。

でもここに来て‥

小坂が屈んで落とした帽子を取ろうとした時‥

僕は何も出来なかった。

小坂が川に落ちる寸前で‥

やっと体が動いたんだ。

それでも──

沈まないように受け止めるのが精一杯だった。

『──立てる?』

『‥ぅ、うん、おーきに‥』

小坂は河岸に上がると‥

もう1度僕にお礼を言った。

Tシャツもスカートも濡れて‥

それなのに──

『おーきに』って言ってくれた。

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