《MUMEI》 シエスタ傍らで眠る少女はまるで猫の様だと、その寝顔を眺めながら高原 佑介は思っていた 普段は高原に懐く事などしないのに 眠気を帯びると決まって高原の傍に来ては凭れて寝入る 「起きてる時もこれ位懐いてくれりゃいいんだが」 その寝顔を眺めながら愚痴る様に呟いて 額に掛る前髪を掬いあげていた 高原が愚痴るにはそれなりの理由がある 少女・江藤さくらは高原の知人の(姪)で 海外出張が決まったので預かってほしいとの申し出があったのがつい一週間前 (娘)ではなく姪 そこは他人事なので敢えて問う事はせずに 高原は適当な返事で引き受けた 江藤を見た高原の第一印象は、おとなしそうな、そして地味な少女 見てくれは決して悪くはない、寧ろ可愛いとさえ思っているのだが どうも引っ込み思案なのか、高原も未だ交わす会話は少ない 「ま、別にいいけど」 こればかりは個人の個性だと、そう納得し ふと何気なしに時計を見やれば、そろそろ昼食時 中原は江藤を床へと横たえ毛布をかぶせると台所へ 何か作ろうかと、冷蔵庫を開く 「何もねぇ……」 清々しい程中には何もなく どう頭を捻ってメニューを思案しても何も思いつかない 買い物に行くしかない、と高原は身支度を始め 眠ったままの江藤を起こさない様、ゆっくり静かに外へと出た パタンと戸の閉まる音が鳴った暫く後、江藤の眼が覚める 「……高原さん?」 部屋の静けさに無意識に高原の姿を探す江藤 だが彼の姿は無く、江藤は慌てて身を起こした 「何所、行っちゃったんだろ」 家中探し回っても見当たらず 江藤は素足のまま外へと飛び出していた 家から出るなり 近所のコンビニの袋を下げた高原に出くわした 「……お前、裸足で何やってんだよ」 驚いた様な高原 砂利を踏んで痛いだろうと、江藤を横抱きに抱え上げ家の中へ 「一体どうした、何かあったか?」 家の中に入っても高原から離れようとしない江藤に 溜息混じりに問う事をしてみれば 「……一人は、嫌。もう、置いて行かれるのは嫌なの」 涙すら流し始める 身を震わせながら何度も訴えてくる声に、高原は何を言う事もせずその背を緩く撫でてやるだけ 一体、この少女に何があったというのかと考え始め だが、それを問う事をしてもいいモノなのか 今の江藤の様子に躊躇が促された だが 「……何が、あった?」 彼女に関する情報が皆無の高原には聞く事が始まりで ゆっくりと、そして穏やかに 耳元で呟いてやれば、江藤は暫くの沈黙の後、話す事を始める 「……私、両親が居ないの」 聞かされた事実に、だが高原は驚く事はさしてせずに 江藤の話す続きに耳を貸してやる 「……死んじゃったんだ。交通事故で。その日ね、私仕事に行く二人をいってらっしゃいって見送ったの。二人は笑って手を振り返してくれて、いい子にして待ってて、ってお母さんはそう言って家を出たの。私、二人が出てすぐに眠たくなってお昼寝、してた。でも、家の前ですごい音が急に鳴って。見たら二人が乗ってた車がトラックと塀に挟まれて潰れてたの」 語ることすら恐いのか、震えてしまう声に、高原は悪い事をしている気に何故かなってしまう これ以上は語る事はさせまいと、その華奢な身体を抱いていた 「(いってらっしゃい)を言うのが怖い。(お帰り)が言えなくなる様な気がして」 「……さくら」 「お昼寝するのも一人じゃ恐い。また、居なくなりそうな気がして」 江藤は、昼寝をする際には必ず高原の服の裾を掴んで眠る 今まで、それがどうしてなのかなど考えもしなかったが 「今だって、ずっと怖いの。おじさん達、もしかしたら帰って来ないんじゃないかって」 常に傍らにあり続ける不安が少しでも和らげば、と 縋れる何かを傍らに求める 高原は、そんな江藤に多くは語らず、大丈夫の一言で背を撫でてやった 「……あの人達なら大丈夫だろ。出掛けにお前の事ばっか気にしてたし。お前の事が気になって、死んでも死にきれねぇだろうよ」 「おじさん達が、私の事……?」 「ああ。だから、安心しろ」 柔らかく、耳に聞こえる高原の声 その声に江藤は安堵を覚え、漸くの笑みを浮かべ小さく頷いていた 高原の肩へと顔を埋めながら 前へ |次へ |
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