《MUMEI》
ユキナ
「いってえ!」
 ユウゴはまともに倒れ込み、顔面を打ち付けた。
「誰だよ!」
 痛みを堪え、怒鳴りながら立ち上がると、薄ら笑いを浮かべた少年が走り去って行くところだった。
「おい!待て、こら!!」
 しかし、少年は一目散にその場から走り去って行った。
「なんだってんだよ、いったい」
「だ、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか?」
 ユウゴは額や顎、鼻の頭が擦りむけた無惨な顔を向けた。
「見えない」
 彼女は笑いを噛み殺して言う。
ユウゴはそんな彼女を一度睨んでから、少年が走り去った方を向いた。
「なんだったんだ、あいつ」
「鬼じゃないみたいだよね。わたしたちを見逃したし、武器奪って行ったし」
「武器?」
「うん。その男が持ってた変なやつ」
「なに〜!?」
 ユウゴは気絶したままの男を見た。
 ない!すぐそこに落ちていたはずのボーガンがなくなっている。
女の持っていたノコギリはあるのに。
「あの野郎、横取りしやがったな」
 ユウゴは奥歯をギリギリさせながら唸った。
「横取りって。別にいらないじゃない。あんな荷物になりそうなやつ」
「でも、どっかに立て篭もった時はかなり使えたと思うぜ?あれは」
「そうかな?じゃあ、このノコギリは?」
「……使えねえだろ。なんか、ビジュアル的にも嫌だ」
「……確かに」
二人は息もピッタリに頷いた。
「それにしても、鬼だけじゃなくて子にも気をつけなくちゃいけない感じだね」
「ああ。みんな必死だから。……とりあえず、ここから移動した方がいいな」
 ユウゴの言葉に彼女は頷き、二人は一緒に歩き出した。

 しばらく無言で歩いて、ふとユウゴが口を開く。
「つうか、一緒にくるの?」
「うん」
「なんで?」
「一人だと寂しいじゃん。一人ぼっちでいるとネガティブになりがちだしさ」
「俺は一人でもいいんだけど?」
「わたしがダメなの」
「お前は自己チューか。他人の意見も聞けよ。………で?」
「……で?って何?」
「名前だよ。まだ聞いてない」
「ああ、そうだね。わたしはユキナ。あんたは?」
「ユウゴ」
「そ。じゃあよろしくユウゴ!頼りにしてるよ」
「頼りにするな。自分の身は自分で守れよ。たとえ女、子供であろうとも、他人の面倒まではみねえぞ」
「……マジ?」
「マジ」
 ユキナは大袈裟にため息をついた。
「とりあえず、これ貸してやる」
 ユウゴはスタンガンを取り出して渡してやった。
「スタンガン?」
「使い方も簡単だから、ちょうどいいだろ。
近距離まで追い詰められたらかましてやれ」
「もし、遠くから攻撃されたら?」
「諦めろ」
 無言でユキナはユウゴを睨んだ。

 それにしても、とんだお荷物ができてしまった。
一人の方が身軽で動きやすいのに。
しかし、彼女の言うことも一理ある。
 今はまだ始まったばかりで余裕もあるが、この先はどうなるかわからない。
 追い詰められれば、マイナス思考になることは間違いない。
 とすると、最初から信用できる仲間を作っておいた方が正解かもしれない。
「で?どこ行くの?」
「さあ。どっかで顔洗いたいんだけど」
 自分の顔がどうなっているのかわからないが、ひどい状態なのは間違いない。
 チリチリする傷口の周りを触ると、手が血の赤に混じって黒く汚れる。
「じゃあ、そこの家にお邪魔しよう」
 ユキナが指したのは、普通の民家だった。

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