《MUMEI》
悠也
悠也とは、遊んでいるあたしの悪友の自宅で知り合った。
何人かがお酒をのんで騒いでる中にひょっこりと遅れてやってきた。
彼は、すぐあたしの近くに座った。綺麗な顔の男の子だな、とぼんやり彼を観察した。黒目がちの大きな瞳に透けるような茶色の髪。ほっそりした体型に細身の黒のジャケットを着ているのがセクシーだった。
緊張した面持ちで、彼はメンソールの煙草に火を点けた。
「ライター、貸して?」
あたしは、さりげなく彼の隣を陣取った。ムスク系の甘い香りが漂いあたしの鼻孔を擽った。
「いいですよ」
にこりと彼が微笑むと意外に童顔な顔になり、あたし自身が動揺してく感じがはっきりと自覚出来た。
「ねえ、あなたは人妻さんなの?」
突然、彼はあたしの顔を覗き込んできた。
「えっ?違うけど。どうして?」
「人妻が好きなんだよね」
そう、言い放つと彼は少し不満そうに口を尖らせた。
「あれ、亜紀ちゃんと今喋っている男、あれ俺の友達なんだよね。あのふたり、付き合っているの知ってる?」
亜紀というのは、あたしの悪友で出張がちの旦那の留守にこういう良からぬ恋愛活動をしている自称、恋愛体質の女だ。
「いいなあ、と思って。人妻さんって、こんな事いったら何だけど後腐れ無く、遊べるでしょ」
言ってくれるじゃん。小生意気にのたまう彼にあたしも年甲斐いもなく挑戦的な気持ちになった。
「あたし、一応元、人妻なんだけどバツイチなの。それじゃ、だめ?」
自分でも大胆だと思ったが、正面きって遊びたい、という彼に一気に興味が湧き、とても欲しくなったのだ。
「いや、全然構わないですよ」
悠也は、じっとあたしの眼を見つめて、口角だけ上げて淫靡に微笑んだ。綺麗なその顔にどきりとしたが努めて平静を装い、悠也の手を自分の太ももに置いた。
悠也は、優しいタッチで、太ももを撫でていた。その指は、彼の細い体と同じで細くて長くて、繊細な指だった。
「学生の時、楽器何かやってた?」
「あれっ、解る?ギター、弾いてたんだ、俺」
得意げに話す悠也の自信ありげな様子が堪らなく愛しく感じた。
元旦那は、こんな指をしていなかった。体格もどちらかというとがっちりしていて、手も大きく骨太な感じだった。
こんな時でも旦那の事を思い出すなんて、我ながら痛い女だとあたしは、急に惨めで情けない気持ちになって眼を伏せた。
「気が乗らないの?」
眉間に皺を作って、心配そうな面持ちで悠也があたしの顔を覗き込んできた。捨てられた子犬のような愛くるしさがあたしの鼓動を不規則な心拍へ変える。
「なんでもないよ。ねえ悠也君は、いくつなの?」
「二十六」
あたしが三十三だからそんなに離れてないと思った。歳の割に悠也は、無邪気で少年っぽさが抜けてないと感じた。甘え上手で、簡単に人の心の中に入り込み操縦するのが巧い。ホスト系の臭いがする。
それでもいいと思った。真実なんて、どうせ始めからこの世の中には存在しない。
嘘と偽り。虚無と背徳。
そう、愛なんていらない。
空っぽな心は、空っぽな男と遊戯すればきっと埋められる。
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