《MUMEI》
生贄
美しき剣士が道場で剣の修行をしている。
彼女の名前は麻美。長い黒髪を後ろに束ね、汗を拭おうともせず、女師匠のたなとともに稽古していた。
たなは齢五十。髪に白いものが混じる。しかし腕は衰えていない。
激怒すると空手殺法が炸裂することは、あまり知られていない。
愛弟子の麻美はまだ二十歳前。気の強さ丸出しの面魂だが、あどけなさが残る美少女である。
二人は稽古を終えると、正座して向かい合った。
「麻美」
「はい」
「隣の村で嫌な噂を聞いた」
「噂?」
凛々しい麻美に、たなは咳払いをしてから話を続けた。
「村長が山で怪物に遭い、村一番の娘を生贄に差し出せと言われたらしい」
麻美は半信半疑で聞いていた。
「もしも生贄を出さなければ村を襲うと」
「それで村長はどうしたのですか?」
「今、村で一番の美しい娘を探しているらしい」
「ばかな!」麻美は怒りの目で声を荒げた。
「そこで麻美。その村へ行き、問題を解決してもらいたい」
「わかりました」燃えるような瞳で麻美は答えた。「男がだらしないですね」
たなは下を向いて腕組みすると、顔を上げ、麻美を見た。
「生贄を求める怪物の正体は、たいがいは人間じゃ」
「私もそう思います」麻美は即答した。
「それならば、山賊を討伐する仕事もする麻美にとっては、朝飯前の仕事じゃろ。しかし…」
「しかし?」
「万が一のことも考えねばならん。すなわち、本当に怪物が現れた場合のことじゃ」
麻美は鋭い眼光でたなを見た。
「わかりました。いずれにしても油断はしません」
事は急がねばならない。麻美は剣を持ち、すぐに出発した。
麻美が隣の村に着くと、ちょうど騒ぎの真っ最中だった。
どうやら村の偉い者と、生贄候補に選ばれた娘の父親が口論しているようだ。
「何でおらの娘なんだ。冗談ではない!」
「頼むよ、それで村が救われるんだ」
家の奥からは、若い娘の声が聞こえた。
「父上、私は絶対やだからね」
「わかってる。大切なおまえを差し出すわけねえ」
父は村の幹部に言った。
「どうしても娘を連れて行くなら、おらの命を取ってからにしろ」
村の幹部は困った顔をしていた。そこへ麻美が割って入った。
「ちょっといいですか?」
村の者が皆麻美に注目した。この辺では見かけない美少女だ。
「何だおまえさんは?」
「怪物が生贄を求めているという話は本当ですか?」
「そうよ。魔人様には逆らえねえ」
「魔人?」
「魔人様は好みがうるさいんだ。すれてない生娘でないと納得してくれねえ」
麻美は怒りをあらわにした。
「村娘を犠牲にして自分たちは助かろうというのですか?」
「よそ者は口出しをしないでもらいたいね」
麻美は男を睨んだ。
「この村には一人も武士がいないのですか?」
この一言で群集もざわめいた。
「わかりました。ならば、私が生贄になりましょう」
「え?」
それなら話は別とばかり、父親も村の幹部も村人たちも、一斉に麻美を救世主のように崇拝した。
「その前に村長に合わせてください」
「お安い御用で」
麻美は男のあとに付いていった。
「ありがとうございます!」
父娘が泣きそうな顔で麻美に頭を下げる。しかし麻美は毅然とした態度のまま歩いていった。
夜。
村長に合わせてあげると屈強な男二人に案内された場所は、月あかりに照らされた丘の上だった。
「村長は?」麻美が聞いた。
「もうじき来るさ」
(やはり魔人の正体は村長か?)
丘の上には十字型のかかしのようなものがある。
「ここに生贄を縛るのか?」
「そうさ」
「村の娘を犠牲にして、男として恥ずかしくないのか?」
男二人は凶暴な目に変わった。
「なじるのは許さないぞ」
「ほう」麻美は剣を握った。
「魔人様は人間じゃねんだ。仕方ないだろ」
麻美は作戦を変えた。
「ならばおまえたち。私の魔人退治に協力してほしい」
「え?」
男二人は驚いた。

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